始めに
ドストエフスキー『永遠の夫』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
ゴーゴリからバルザック風のリアリズムへ
ドストエフスキーはキャリアの初期には特に初期から中期のゴーゴリ(「鼻」「外套」)の影響が強く、『貧しき人々』も書簡体小説で、繊細かつ端正なデザインですが、次第に後期ゴーゴリ(『死せる魂』)やバルザック(『従妹ベット』)のリアリズムから影響されつつ、独自のバロック的な、アンバランスなリアリズム文学のスタイルを確立していきます。
『地下室の手記』からエージェントの選好の多様性が作品のテーマの中心でしたが、本作も多様な選好を抱えるエージェントの行動のグロテスクな交錯を描きます。
バルザックにおける不幸な結婚
バルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)はシスコンで、そのために不幸な結婚をした妹たちを非常に哀れみ、そこから『従妹ベット』など、不幸な結婚、不幸な妻の表象を作品に展開しました。
ドストエフスキーも『やさしい女』などでそうした表象を継承します。本作でも「永遠の夫」が巻き起こす悲喜劇が描かれます。
ドフトエフスキーの結婚
ドストエフスキーには、2人の妻がいました。先妻マリアと死別し、アンナと再婚したのでした。
ドストエフスキーはマリアをめぐって当時ニコライ=ヴェルグーノフという二十四歳の教師と三角関係に陥った末に、どうにか結婚したものの、その結婚生活は幸福とはいえず、緊張関係が続きました。
本作には、ドストエフスキーのそのような結婚生活が背景にもなっています。
永遠の夫
「永遠の夫」とはトルソツキーのことです。
この作品での「永遠の夫」トルソツキーは、ヴェリチャーニノフからみれば、夫であるということに終始し、妻の飾り物以上にはなろうとしない「永遠の夫」で、それがタイトルの由来です。
しかしトルソツキーは善良でもありません。妻の尻にしかれるものの、寝取った男ヴェリチャーニノフへの恨みを忘れません。トルソツキーの妻が産んだ娘リーザはヴェリチャーニノフとの間にできた子で、トルソツキーはそれを知っても妻が亡くなるまでは彼女を大事にし、妻が亡くなると娘への虐待とその父親ヴェリチャーニノフに対する復讐をします。ヴェリチャーニノフを殺そうとするものの、未遂に終わり、左手に傷を負わせるだけでした。
このように永遠の夫で寝取られ亭主たるトルソツキーのグロテスクな行動をコミカルに描きます。
バフチンの指摘。プラグマティックな社会の再現
バフチンはポリフォニーという概念でもって、ドストエフスキー作品を分析しました。バフチンは社会学、哲学(新カント学派)、現象学(フッサール、ベルクソン)から顕著な影響を受けましたが、バフチンの文芸批評はそこから影響がみえます。
バフチンがドストエフスキーの文学について解釈していたのは、そこに描かれる物語が、物語世界内の関係性や慣習伝統といった制度にコミットする、選好や信念の異なる一人ひとりのエージェントの戦略的コミュニケーションの集合の帰結として展開されているということでした。
複数のアクターの行動の集積の中で物語が紡がれていくのです。このようなプラグマティズム的な発想が、ドストエフスキーのリアリズムの特徴です。オースティン『高慢と偏見』にも重なりますが、制度や慣習のなかでそれぞれのプレイヤーが合理性を発揮する中で展開される心理劇のデザインが卓越しています。
他の作品では例えば冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、ハメット『マルタの鷹』『血の収穫』、谷崎潤一郎『卍』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』などに近いですが、物語は偏に特定のテーマや目的や結末に従うべくデザインされている訳ではなく、エージェントがそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯しそれが時間的に蓄積する中でドラマが展開されていきます。
このようなデザインは、現実社会における政治学・社会学(システム論、エスノメソドロジー)や国際関係論におけるリアリズム/リベラリズム/ネオリベラリズム/ネオリアリズムが想定する人間関係や国際関係に対するモデルと共通しますが、つまり経験的な根拠の蓄積に裏付けられたモデルに近似しているといえます。バフチンがドストエフスキーに見出したのもまさにこのようなデザインが現実社会における実践の正確な再現である点だと思います。
物語世界
あらすじ
ヴェリチャーニノフは39歳の上流社会の男で、外見的には若々しく見えたが精神的には衰弱が始まっています。若かかりし頃の挫折や恥辱が突然よみがえり精神を圧迫し、なかでも9年前にある街で人妻に子供を産ませ、そのまま別れたことに悩みます。
そんな時期にヴェリチャーニノフは突然、その夫であったトルソーツキイの来訪を受け、ヴェリチャーニノフの妻ナターリヤ=ヴァシリーエヴナが3か月程前に亡くなったことを知らされます。トルソーツキイは役人で猟官運動のためペテルブルグにきていたのものの、ヴェリチャーニノフが彼の宿泊先を尋ねると、9歳になる娘リーザを紹介されます。その娘は父親から虐待を受けているようでした。ヴェリチャーニノフはトルソーツキイの言動からその娘が自分と彼の妻との間にできた子供に間違いないことを確信します。
トルソーツキイはヴェリチャーニノフからみれば、夫であるということに終始し、妻の飾り物以上にはなろうとしない「永遠の夫」ですが、この9年の間に何かが変わっていました。ヴェリチャーニノフは、このまま娘をトルソーツキイのもとに置いておいては危険なので職場探しの間だけでもと強引にリーザを自分の知り合いのもとに引き取ります。
しかしその後リーザは病に倒れます。ヴェリチャーニノフはトルソーツキイを探し出し、娘が危篤だと伝えるものの、トルソーツキイは娘の前に現れず、娘は亡くなります。
リーザの葬式から1か月も経たない頃、ヴェリチャーニノフはリーザの墓の近くでトルソーツキイと会います。まもなく結婚するそうです。トルソーツキイの結婚相手は15歳の娘で、親は結婚を承諾したようですが、娘はその気はないようで、ボーイフレンドもいるそうです。トルソーツキイに懇願されて結婚相手の実家をヴェリチャーニノフも一緒に訪ねるものの逆効果でした。
その後、娘のボーイフレンドが、ヴェリチャーニノフの家にいたトルソーツキイを訪ね、二人は愛し合っているのだから年寄りが変な邪魔をしないでほしい、とトルソーツキイに迫ります。もちろんトルソーツキイは、拒絶したものの、ボーイフレンドは、結局あなたが最後はあきらめざるをえない事になる、と言って帰ります。トルソーツキイは明日にでも実家に行って小僧のいうことを叩きつぶす、と言います。
その夜、トルソーツキイはヴェリチャーニノフの家に泊まっていったものの、夜中に突然ヴェリチャーニノフはナイフの様なもので切りつけられます。相手を組み抑えますが、左手に傷を負ったのでした。ヴェリチャーニノフはトルソーツキイを鍵のかかった部屋に閉じこめたものの、自分は彼に殺されかけ、しかし彼は直前まで自分を殺そうとは思ってもいなかった、と確信します。
翌朝、トルソーツキイをそのまま帰します。ヴェリチャーニノフは吹っ切れたようでした。しかし、やがてトルソーツキイが自殺するのではないかと心配になります。
トルソーツキイのところへ向かおうと通りに出たものの、あのボーイフレンドと出くわします。その青年が言うには、トルソーツキイは汽車に乗って街を出たそうです。青年は酒を飲み、トルソーツキイからヴェリチャーニノフのこと聞かされ、手紙を預かってきたと言って手紙を差し出します。その手紙は、トルソーツキイの妻が書いた手紙でした。ヴェリチャーニノフの所に届いた手紙とは別のもので、別れの手紙でしたが、その中で彼女はいつか子供を引き渡す機会を見つけようと書いていました。結局、この手紙は出されず別の手紙をよこしたのでした。
それから2年が過ぎ、ヴェリチャーニノフは自分がかかえていた訴訟にも勝ち、大金を手に入れ、精神的にもすっかり立ち直ります。
その日は友人に会うために汽車でオデッサに向かうところでしたが、途中の駅で再びトルソーツキイの姿を目にします。ヴェリチャーニノフは、汽車の待ち時間にたまたまホームで起こったトラブルに介入し、婦人とその親戚とみられる連れの若い将校を助けたものの、その婦人がトルソーツキイの妻でした。
トルソーツキイが用を足しにいっている間に起こったトラブルで、彼が戻って来ると婦人はトルソーツキイにくってかかります。
婦人から丁重に礼を言われ、自邸への招待を受けるヴェリチャーニノフは、婦人の招待を喜んで受け入れると返事をしたものの、それは社交辞令でした。しかしトルソーツキイは真に受けて、まさか本当に家に来るのですか、とヴェリチャーニノフに問いただします。ヴェリチャーニノフは、あなたが私を殺そうとなさった話でもしに行きましょうかと言ったものの、冗談でした。ヴェリチャーニノフは、伺いませんよと言って手のひらに傷のある左手をトルソーツキイに差し出し、握手を求め、手を引っ込めようとしたトルソーツキイにあなただって手を握ったらいいじゃないですか、と叫びます。トルソーツキイは、リーザのことは?と口の中で言いい、唇をふるわせ、涙をみせます。
そして動き始めた汽車に飛び乗りトルソーツキイは去っていったのでした。



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