始めに
リョサ『緑の家』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
フローベールの影響
リョサはフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)からの影響が顕著です。フローべールはフランスの写実主義作家です。フローベールは『ブヴァールとペキュシェ』など、実験的な作品でも知られ、また『ボヴァリー夫人』でもクロスカッティングの手法を用いました。
クロスカッティングとは、異なる場所で同時に起きている2つ以上のシーンについて、それぞれのショットを交互に繋ぐというモンタージュ手法です。似た手法にカットバックというものがあり、これは異なる場所で同時におきていることを時系列に沿って展開するモンタージュで、ほとんど同じ感じです。
『緑の家』でもこのクロスカッティングの手法が効果的に用いられています。フォークナーからの影響も受けつつ、ラテンアメリカの血と暴力の歴史をクロスカッティングによる混沌とした語りで綴ろうとします。
フォークナーの影響
フォークナーの手法の特徴はヨクナパトーファサーガと呼ばれる架空の土地の歴史の記述のメソッドです。フォークナーはバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)の影響から、人物再登場法の手法を取り入れています。これは同じ人物を他の作品の登場人物として何度も登場させる手法です。また、家族に注目する手法はゾラのルーゴン=マッカルー叢書(『居酒屋』)などに習っています。また、架空の土地創造の手法はS=アンダーソンに習っています。
コンラッド『闇の奥』の影響も顕著で、これによって複数の等質物語世界の語り手を導入したり、異質物語世界の語りと組み合わせたりしています。また、トルストイ(『アンナ=カレーニナ』)、ドストエフスキー(『カラマーゾフの兄弟』)、H =ジェイムズ(『ねじの回転』『鳩の翼』)のリアリズムの影響で、一人称的視点の再現について示唆を受けています。同時期のモダニスト、ジョイス(『ユリシーズ』)もデュジャルダンの『月桂樹は切られた』などの影響で、プルースト(『失われた時を求めて』)もベルクソンの現象学の影響で、それぞれ独自の意識の流れの手法について開発し、現象的経験の時間的に連続した経過の再現を試みています。
フォークナーもそうした手法によって、一個のエージェントの視点からの歴史記述を試みます。エージェントのフラッシュバックなど主観的タイムトラベルが展開されることで、時間が過去から現在へと縦横に移動し、土地の歴史を記述します。
リョサも同様にラテンアメリカ世界の暴力の歴史をクロスカッティングによる混沌とした時間描写の中で綴ろうとします。暴力が偏在し、交錯するラテンアメリカ世界の歴史を非線形の語りでダイナミックに展開していきます。
非線形の語り
物語はペルーを舞台にするおよそ5つの物語のオムニバスで、各部分は段落や区切りのないスタイルです。各部分は章に分かれ、第 1 部と第 3 部はそれぞれ 4 章、第 2 部と第 4 部は 3 章からなります。
各章は 5 つの物語のオムニバスとして展開されジャングル地域のボニファシア、 マラニョン地方のフーシアとアキリーノ、 ピウラのアンセルモ、ジャングルでの権力闘争に巻き込まれるさまざまな人物、ピウラのリトゥマとボニファシアの5つの物語が交錯する中で展開されます。
物語の内容自体はそう入り組んだ内容ではないのですが、混沌とした語りが読解を困難にしています。
語りは時系列になっておらず、ランダムにオムニバスの物語が綴られていきます。フローベールが試みたクロスカッティングの手法をさらに突き詰めたような、過去と現在が混沌と織り交ぜられるスタイルが展開されています。村上春樹『風の歌を聴け』やヘラー『キャッチ=22』におけるカットアップ(物語を非時系列順にランダムに配置する)のようなデザインですが、そちらと違って章の区切りなどで場面や時間転換が示されない部分が大きいので、読解はさらに困難です。
『ラ・カテドラルでの対話』などで、この語りの実験は極まります。
物語世界
あらすじ
砂漠
20 世紀初頭、アンセルモという名の謎の人物が、ペルーのピウラ郊外の砂漠に人気の売春宿「グリーン ハウス」を建設しました。
アントニア (トニータ) は、養父母が盗賊に殺された後、死んだものと思われて置き去りにされ、ハゲタカに目と舌をえぐられるものの、生き延びて貧しい村人フアナ=バラに育てられます。アンセルモは彼女を誘拐し、グリーンハウスの塔の一室で妻として置きますが、彼女は娘チュンガを出産して亡くなります。
村の司祭ガルシア神父は激怒し、町民を率いてグリーンハウスを焼き払います。アンセルモはホームレスの酔っぱらいとなり、町の酒場や売春宿でハープ演奏をして生計を立てます。娘チュンガはやがて新しいグリーン ハウスを建て、アンセルモはそこで音楽を演奏するのでした。
1930年代、ピルアン出身のリトゥマは軍に入隊します。リトゥマはアマゾン地域で勤務し、そこで将来の花嫁ボニファシアと出会います。二人はピウラで一緒に暮らすものの、リトゥマがロシアンルーレットのゲームに参加し、懲役10年の刑を宣告されます。留守中に友人らがボニファシアを強姦し、ボニファシアはグリーンハウスで売春婦になります。最後では、リトゥマはピウラに戻り、妻の売春収入で暮らします。
ジャングル
1920 年代、ブラジルの刑務所から脱獄したフーシアは 、ペルーに逃げてそこで貧しい水売りのアキリーノと出会います。2 人は一緒に船でゴムや木材の労働者、金採掘者と商品を取引します。アグアルナ原住民の幼い女の子 (後にボニファシアと名付けられる) は、父親のジュムから引き離され、サンタ=マリア=デ=ニエバの伝道所で育てられる。そこでは、修道女たちが原住民の少女たちを「啓蒙」します。
フーシアは盗みを働いていたため、再び逃亡を余儀なくされ、ワムビサ原住民と遭遇した後、イキトスにたどり着き、そこでフリオ・レアテギとともに違法なゴムの取引に携わります。イキトス滞在中、フーシアは15歳のラリータを誘惑します。ラリータをレアテギと交換して船と食料を手に入れる計画を立てるものの、ラリータはフーシアとともに川を遡ってそれを逃れます。二人はジャングルの奥深くのサンティアゴ川の島に住むのでした。
ジュムは、2 人の政治活動家から教育を受けた後、ゴムの取引を行う原住民協同組合を設立し、フリオ=レアテギの懐を潤わせた賄賂を断ち切りました。しかしレアテギ率いる軍隊により、ジュムは捕らえられ、拷問を受け、公衆の面前で髪を剃られます。これは男らしさを奪う意味でした。
フーシアは、ワムビサ族の支援を受けて原住民の村を襲撃し、ゴムや皮を盗み、思春期を迎えたばかりの少女を誘拐して妾としました。彼は、屈辱を受けたジュム、アキリーノ、エイドリアン・ニエベスの支援を受けます。ラリータは、フーシアの虐待的なやり方にうんざりし、ニエベスとともにサンタ・マリア・デ・ニエバに逃げ、そこで、誘拐されたばかりの原住民の少女の逃亡を手助けしたために伝導所から追放されていたボニファシアを受け入れます。そこで彼女はリトゥマ軍曹と出会い、結婚。ニエベスは最終的に刑務所に送られます。ラリータはリトゥマの元同僚の一人と結婚します。
ハンセン病に罹ったフーシアは財産を使い、サンパブロのハンセン病療養所に入ります。フーシアはそこで孤独な生活を送り、年に一度年老いた友人のアキリーノが訪ねてくるのでした。
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