始めに
ヴァージニア=ウルフ『灯台へ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
語りの構造
この小説は、異質物語世界の語り手を設定しつつ、それが複数の焦点化人物を設定するというデザインになっていて、概ね『ダロウェイ夫人』と共通するデザインです。
それぞれの登場人物の意識の流れが展開され、リョサ『緑の家』などのように、視点の切り替えは地の文の中でなされ、明確に記号などで示されないままなされます。
また第二章「時は過ぎる」では、特に視点などを設定しないまま、物語が展開されていきます。
一人称的視点のリアリズム、意識の流れ。プラグマティズム、現象学
モダニズム文学に典型的な手法が意識の流れです。ジョイス『ユリシーズ』、フォークナー『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』、本作などに見える意識の流れの手法は、現象学(フッサール、ベルクソン)、精神分析などの心理学、社会心理学、プラグマティズム的な知見を元に、伝統的な小説にあった一人称視点のリアリズムをラディカルに押し進めたものでした。意識的経験の時間軸のなかでの全体性を描きます。
人間の意識的経験やそれにドライブされる行動は、時間軸の中で全体性を持っています。主観的な時間の中で過去と現在と未来とは、相互に干渉し合って全体を形作っていきます。過去の経験や知覚が因果になり、さながら一連の流れとも見えるように、意識的経験は展開されます。こうした時間論的全体性を描くのが意識の流れの手法です。現実の社会における実践はこのような個々のエージェントの主観的経験が交錯するなかでその時間的集積物として展開されます。
たとえばプルーストは現象学のベルクソンの親戚であり、その思想から顕著な影響を受けました。ベルクソンの思想とその現象学は一人称的視点の集積として世界や社会を解釈しようとするプラグマティズム、システム論的なものでしたが、『失われた時を求めて』は一個のエージェントの視点から、社交界における実践を記述しようとします。一人称視点の主観的なタイムトラベルが繰り返される中で、失われた時の中の過去が綴られていきます。
一方で、本作は複数の人物に焦点化を図りつつ、さまざまな視点からラムジーを取り巻く関係が描かれていきます
本作を流れる時間
本作は『歳月』などと同様に、長いタイムスケールで物語を展開しています。『ダロウェイ夫人』とは対照的です。
タイトルにもある「灯台」ですが、ヘブリディーズ諸島のスカイ島にある灯台を示しています。夏、島にあるラムジーの別荘でラムジー夫人が息子のジェームズに、明日こそは灯台にいけるはずと約束したことから物語始まりますが、彼女の言葉はしかし、夫ラムジーの、明日は天気が悪くなるという言葉で反対されてしまいます。
その後、そのときの別荘での集まりから10年の時が流れ、その間に第一次大戦が起こり、ラムジー夫人は亡くなっていて、子供のうちの2人は亡くなっています。そして、生き残ったラムジー一家と何人かの客達が、あれから10年後に、夏の別荘にまた集まって、ラムジー氏が娘のカム(カミラ)と息子のジェームズを灯台につれて行くことを、10年越しに計画して、灯台へ向かう流れになっています。
10年の間に、家族の中で多くのものが失われ、記憶の中にしかいなくなってしまったものがいますが、ラムジーはあの日果たせなかった約束を、10年越しに果たそうとするのでした。
リリーの気づき
本作ではもう一人、リリーという重要なキャラクターがいます。ラムジーと彼の8人の子供は、たくさんの友達、同僚と別荘で顔を合わせますが、そのうちの一人であるリリー=ブリスコーは、ラムジー夫人とジェームズの肖像画を描こうとします。
10年後、ラムジーの家族が灯台へ向かうのと並行して、リリーはついに、肖像画を完成させようとします。ラムジー夫妻に関する記憶を思い出し、さまざまな印象を加味することで、ラムジー夫人と人生に関する真実に近づこうとします。絵を描き終わった頃、絵に満足した彼女は、なにか過去のことを残す事よりも、自分の洞察をそのまま投影することが重要と悟ります。
このあたりは同時代のモダニスト、プルーストが『失われた時を求めて』で、終盤に主人公が、記憶のなかの顕れから創作を手掛けていこうとする決意を綴るのと重なります。
リベラリストと戦争
ヴァージニア=ウルフは、リベラリストで戦争にネガティブでした。『ダロウェイ夫人』『歳月』『幕間』など、多くの作品で戦争の影やトラウマを描きます。
本作でも第一次世界大戦が始まり、ラムジー夫人の子供のアンドリューは戦争で亡くなりました。
ミクロな視点から、本作は戦争の影を描こうとするものと言えます。
物語世界
あらすじ
ヘブリディーズ諸島のスカイ島にあるラムジーの夏の別荘。ラムジー夫人が息子のジェームズに、明日こそは灯台にいけるはずと約束したことから始まります。彼女の言葉はしかし、夫ラムジーの、明日は天気が悪くなるという言葉で反対されます。それはラムジー夫妻間、ラムジー氏とジェームズ間に、緊張を生みます。
ラムジーと彼の8人の子供は、たくさんの友達、同僚と別荘で顔を合わせます。そのうちの一人であるリリー=ブリスコーは、ラムジー夫人とジェームズの肖像画を描こうとするものの、若く頼りない画家だと、チャールズ=タンスリーへの振る舞いからラムジーは感じます。タンスリーは、哲学の教授であるラムジー氏と、彼の書いた論文のファンです。
盛大な晩餐パーティに客として訪れた詩人、オーガスタス・カーマイケルが二杯目のスープを頼んだとき、ラムジー氏は彼に苛立ちます。ラムジー夫人も、ポール・ライリーとミンタ・ドイルの二人が、ミンタが祖母のブローチをビーチでなくしたことが原因でパーティに遅れたことで、不機嫌でした。
10年が経ち、4年間の第一次世界大戦が始まり、過ぎ去ります。ラムジー夫人はこの世を去り、彼女の子供のうちの二人もまた、プルーは死産で、アンドリューは戦争で亡くなりました。
生き残ったラムジー一家と何人かの客達が、あれから10年後に、夏の別荘にまた集まります。ラムジー氏はついに娘のカム(カミラ)と息子のジェームズを灯台につれて行くことを、10年越しに計画します。
そのとき子供達は、そこへ無理矢理連れてきた父へ反発していました。しかし、ジェームズがボートをうまく漕いだところ、父から認めてもらって、父と息子の間に共感の気持ちが生まれ、娘、カムの父に対する態度も、怒りから敬愛へと変わります。また、彼らには、漕ぎ手のマカリスターとその息子が同行しました。
彼らが灯台へ漕ぎ進んでいく中、リリーはついに、肖像画を完成させようと試します。彼女は、ラムジー夫妻に関する記憶を思い出し、さまざまな印象を加味することで、ラムジー夫人と人生に関する真実に近づこうとします。
絵を描き終わった頃、絵に満足した彼女は、なにか過去のことを残す事よりも、自分の洞察をそのまま投影することが重要と悟ります。
参考文献
・ナイジェル=ニコルソン『ヴァージニア・ウルフ』




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