PR

パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』解説あらすじ

パオロ・バチガルピ
記事内に広告が含まれています。

始めに

 パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

バチガルピの作家性

 バチガルピはギブスンのサイバーパンクの感性から強い影響を受けています。特に、テクノロジーが社会の末端にまで浸透し、使い古された未来という質感の描写において、ギブスンのスタイルを継承しています。バチガルビの作品に見られる環境崩壊や極限状態に置かれた人間の心理は、バラードの文学と共通点が多いとされています。ディックの描く崩壊していく現実や社会の底辺で翻弄される人々の視点は、バチガルビの短編や長編の根底に流れています。​フランク・ハーバートは特に代表作『デューン』における生態学への深い洞察と資源を巡る政治が、バチガルピのテーマ設定に多大な影響を与えています。


 バチガルピはかつて環境雑誌『High Country News』のオンライン・エディターを務めていました。この実社会における水不足や土地利用を巡るリアルな紛争の取材経験が、彼の作品に圧倒的なリアリティを与えています。アトウッドのスペキュレイティブ・フィクション(思索小説)的なアプローチ、つまり現在起きている問題の延長線上の未来を描く手法は、バチガルピのスタイルと強く共鳴しています。

エネルギーシフト

 ​本作のユニークな設定は、石油が枯渇した後のエネルギーのあり方です。石油に代わり、遺伝子組み換え作物から得られるカロリーが通貨や動力の基準となります。象を改良した巨大獣メガドントなどの生物的動力を使って巨大なゼンマイを巻き、その蓄積されたエネルギーで社会が回っています。かつて人類が享受した安価で無限のエネルギーが失われた後の、物理的な制約と不自由さが一つの大きなテーマです。


​ ​バチガルビは、サイバーパンクの情報を遺伝子に置き換えたバイオパンクの極致を描いています。アグリジェン社などの巨大企業(カロリー企業)が、遺伝子操作した種子を独占し、他国の農業を壊滅させて市場を支配する食糧戦争が描かれます。企業が撒いた病原菌と、それに対する耐性作物の開発といういたちごっこが、生態系を完全に破壊している様子が冷徹に描かれています。

タイトルの意味

 タイトルの「ねじまき少女」ことエミコを通じて、人間とは何かを問いかけています。遺伝子操作で造られたエミコは、高い知能と身体能力を持ちながら、特定の主人に服従するように設計され、法的には所有物として扱われます。彼女が魂がないと蔑まれ、性的搾取や暴力にさらされる中で、自らの意志を持とうとする葛藤は、古典的なSFのテーマであるアンドロイドの反乱を生物学的に再構築したものです。


​ ​作品全体を覆っているのは、取り返しのつかない変化への諦念と適応です。温暖化により海面が上昇し、バンコクは巨大な防潮堤によってのみ水没を免れているという、常に崩壊の危機に瀕した都市の姿が描かれます。利益を優先する外資系企業と、それに対抗しようとする現地の環境省との泥沼の政治闘争は、現代のグローバル経済への強い批判を含んでいます。

物語世界

あらすじ

 23世紀、水没しかけたバンコク。​石油が枯渇した収縮期を経て、世界は遺伝子操作された農作物と、それを守るカロリー企業に支配されています。海面上昇により、バンコクは巨大な防潮堤と排水ポンプによって辛うじて水没を免れている、危ういバランスの上に成り立つ都市です。


​ ​アンダーソン・レイクは多国籍企業アグリジェン社の密偵です。表向きは工場経営者ですが、真の目的はタイが独自に保有する種子バンク(疫病に侵されていない原種の保管庫)を見つけ出し、企業の支配下に置くことです。


 ​エミコ(ねじまき少女)は日本で造られた遺伝子操作人間で新人類です。特有のぎこちない動きからねじまきと蔑まれています。主人に捨てられ、バンコクの見世物小屋で屈辱的な生活を送っていますが、北方に自分たちの仲間が住む村があるという噂を信じています。​ジャイディーはバンコクの虎の異名を持つ環境省の将校。外来の疫病や多国籍企業の介入からタイを守るため、賄賂を受け取らず、冷徹に密輸品を焼き払う清廉潔白な男です。ホック・センはアンダーソンの工場で働く中国人難民。かつてはマレーシアで財を成した豪商でしたが、暴動で全てを失いました。再起のために工場の機密情報を盗もうと画策しています。


 ​物語は、アンダーソンがエミコと出会うことで大きく動き出します。エミコが持つ高度な計算能力と知識が、種子バンクへの鍵となることにアンダーソンは気づきます。​一方、タイ政府内部では、経済発展のために外資を受け入れようとする通商省と、生態系の保護を第一とする環境省が激しく対立。この権力争いにアンダーソンやホック・センの策謀が絡み合い、バンコクは内乱状態に陥ります。


​ ​政治的混乱の中、ジャイディーという精神的柱を失った環境省は暴走し、都市の防衛ラインが崩壊。エミコもまた、自らの生存をかけて過酷な決断を迫られます。


 ​最終的に、バンコクを支えていた防潮堤が破られ、都市は濁流に飲み込まれます。しかし、その破滅的な状況の中で、遺伝子操作された新人類であるエミコと、それを導く科学者の手によって、人類の次なる進化と適応の形が示唆されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました