始めに
ブルガーコフ「偽善者たちのカバラ」解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義などの影響
ブルガーコフはゲーテ、ゴーゴリ、プーシキンなどのロマン主義、ドストエフスキー、ディケンズなどの写実主義からの影響が顕著です。特にゲーテ『ファウスト』の影響が顕著で、ドタバタやナンセンス、恋人たちの救済などのプロットが共通しています。
ゴーゴリ「鼻」、ドストエフスキー「分身」のような、幻想文学要素が引き起こすドタバタが展開されていきます。
またさらにゲーテのルーツであるシェイクスピア『十二夜』『夏の夜の夢』などとも近く、祝祭的儀礼や風習を背景にして、既成の秩序(「生と死」「フィクションと現実」「過去と現在」など)が混沌とするさまを描きます。
権力と芸術
本作のテーマは、どれほど偉大な才能も、絶対的な権力の気まぐれには勝てないという絶望的な真実です。モリエールは国王を称え、その庇護を受けることで創作を続けますが、結局は王の一言で破滅へと追い込まれます。芸術家が自由に表現するためには権力に媚びなければならず、その過程で魂を削り、尊厳を失っていく姿が描かれています。
タイトルのカバラが示す通り、本作では宗教組織の聖体秘蹟協会による陰湿な攻撃が描かれます。信心深さを装いながら、裏では密告や中傷を駆使してモリエールを社会的に抹殺しようとする偽善者たちの姿が描かれます。既存の価値観や教条に疑問を投げかける芸術(『タルチュフ』など)を、組織が寄って集かって排除しようとするメカニズムを批判しています。
モリエールは劇団のリーダーであり、大衆の人気者ですが、その内面は常に孤独と恐怖に支配されています。若い妻アルマンドとの不和、過去の女性関係の露呈など、英雄的ではない生身の人間としての苦悩があります。芸術を追求すればするほど、彼は社会や周囲の人間から孤立し、最後には舞台上で命を落とす運命へと突き進みます。
この作品を語る上で外せないのが、ブルガーコフ自身とスターリンとの関係です。当時のソ連で作品の上演を禁止され、検閲に苦しんでいたブルガーコフは、モリエールの姿に自分自身を投影しました。ルイ14世=スターリンという構図は、当時の観客や当局にとっても明らかであり、それゆえにこの戯曲もまた激しい検閲の対象となりました。
物語世界
あらすじ
17世紀、パリ。劇団の主宰者モリエールは、時の国王ルイ14世の寵愛を受け、劇作家として絶大な人気を誇っていました。彼は若く美しい女優アルマンドと結婚し、公私ともに幸福の絶頂にいるかのように見えました。しかし、彼の風刺劇、特に『タルチュフ』は、教会の偽善を暴くものとして、宗教界を激怒させていました。
影で動くのは、大司教シャルロン率いる秘密結社聖体秘蹟協会(カバラ)。彼らはモリエールを悪魔の申し子として社会的に抹殺しようと画策します。彼らが目をつけたのは、モリエールの複雑な女性関係でした。
かつての愛人マドレーヌと、現在の妻アルマンド。カバラはアルマンドはマドレーヌとモリエールの間に生まれた娘ではないかという、近親相姦の疑惑をでっち上げ、国王に密告します。
最初はモリエールを庇っていた太陽王ルイ14世でしたが、宗教界との対立を避けたい政治的判断と、モリエールの不遜な態度への苛立ちから、ついに彼を見捨てます。
モリエールはすべての特権を剥奪され、劇団も存続の危機に立たされます。さらに追い打ちをかけるように、妻アルマンドは彼を裏切って若い美男子と出奔してしまいます。
心身ともにボロボロになったモリエール。しかし、彼は死の病に侵されながらも、自らの信念を貫くために舞台に立ち続けます。
演目は、皮肉にも『病は気から』。上演中、彼は激しく喀血しますが、観客はそれを迫真の演技だと思って喝采を送ります。劇が終わると同時に彼は崩れ落ち、かつての仲間たちに見守られながら、王に従順すぎたという後悔を胸に、劇作家としての孤独な生涯を閉じます。




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