始めに
フランク・ヴェーデキント『地霊』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ヴェーデキントの作家性
ビューヒナーはヴェーデキントに最も決定的な影響を与えた一人です。ビューヒナーの代表作『ヴォイツェク』に見られる、断片的でエピソード的な構成や、社会の底辺に生きる人間を冷徹かつグロテスクに描く手法を継承しました。
ヴェーデキントはニーチェの思想、特に生の肯定や既存道徳の打破に強く共鳴しました。キリスト教的な禁欲主義や、ブルジョワジーの偽善的な道徳を否定する姿勢です。彼の作品の根底には、本能や生命力を抑圧する社会への反抗があり、これはニーチェ的な超人思想やディオニュソス的なエネルギーの追求と重なります。
ドイツの詩人ハイネからも、その毒のあるウィットと風刺の精神を受け継いでいます。スウェーデンの劇作家ストリンドベリとは、同時代のライバルに近い関係でありつつ、強い影響を受け合いました。
ヴェーデキントは見世物小屋のような、生々しくエネルギッシュな大衆娯楽を愛しました。これが、彼の劇に見られる突飛な展開や、誇張されたキャラクター造形につながっています。若き日にパリで過ごし、現地の自由な芸術文化やキャバレー文化に触れたことが、ドイツの閉塞的な演劇界を打破する原動力となりました。
タイトルの意味
タイトルの「地霊」とは、ゲーテの『ファウスト』にも登場する概念で、形を与えられない原始的な自然のエネルギーを指します。主人公のルルは、道徳や倫理、良心といった概念を持たない、純粋な性と生命の化身です。彼女自身が邪悪なのではなく、彼女を支配しようとする男たちの内面にある欲望や醜悪さを、鏡のように反射して暴き出します。
劇の冒頭では、猛獣使いが登場し、ルルを「蛇」として紹介します。これは、文明社会が野生を檻に入れ、見世物にしようとする構図の象徴です。彼女を囲う男たちは、ルルを自分の理想通りに扱うため、「ネリー」「ミニョン」「エーファ」など、勝手な名前で呼びます。 男たちが彼女を貞淑な妻や都合の良い女という枠に当てはめようとするたびに、その枠組みは崩壊し、悲劇が起こります。
ファムファタール?
ルルは多くの男を破滅させますが、それは彼女が意図的に企んだことではなく、男たちが自らの幻想に溺れた結果として描かれます。ルルを独占しようとした医学博士、画家、そして彼女の育ての親であるシェーン博士。彼らはルルの圧倒的な生命力に翻弄され、次々と命を落としたり、社会的地位を失ったりしていきます。19世紀末の男に従順な女性という理想像を、ルルの奔放な存在が根本から破壊していくカタルシスと恐怖が描かれています。
劇中、ルルの肖像画が重要なモチーフとして登場します。肖像画の中では美しく固定された彼女も、現実の中では常に変化し、制御不能です。ヴェーデキントは、当時のドイツ社会が芸術としてなら許容するエロティシズムを、あえて生々しい現実として舞台に叩きつけることで、社会の偽善を批判しました。
物語世界
あらすじ
劇は猛獣使いの口上から始まります。彼は観客に向かって、これから真の野獣を見せると宣言します。そこで紹介されるのが、トルコ風の衣装をまとった美しい少女、ルルです。彼女は文明社会に紛れ込んだ、獰猛で純粋な「蛇」として象徴されます。
物語の本編は、ルルが最初の夫である老医学博士ゴールと暮らしている場面から始まります。ルルは画家シュヴァルツに肖像画を描かせていますが、制作中に二人は深い仲になりかけます。そこへ踏み込んだ夫ゴールは、妻の不貞を目の当たりにしたショックで心臓麻痺を起こし、その場で急死してしまいます。
ルルは莫大な遺産を相続し、画家シュヴァルツと再婚します。彼はルルを純潔な天使と信じ込み、彼女の肖像画で名声を得て幸福の絶頂にいました。しかし、ルルの育ての親であり愛人でもある新聞社主シェーン博士が登場し、ルルの過去として浮気や出自の不透明さをシュヴァルツに暴露します。理想の妻が幻影だったと知ったシュヴァルツは絶望し、カミソリで自らの喉を掻き切って自殺します。
自由の身となったルルは、劇場で踊り子として働き、再び男たちを魅了します。彼女を怪物として恐れ、縁を切って名門の令嬢と結婚しようとしていたシェーン博士ですが、ルルの魔力には抗えません。ルルは楽屋でシェーンを追い詰め、ついに彼に婚約破棄の書状を書かせ、自分と結婚することを承諾させます。
ルルはついにシェーン博士の妻となりますが、家には彼女を慕う男たちであるシェーンの息子アルヴァ、力自慢のロドリーゴ、さらにはレズビアンのゲシュヴィッツ令嬢などが入り乱れ、カオスな状態に。
嫉妬と狂気に駆られたシェーンは、これで自害しろとルルに拳銃を渡しますが、ルルはその銃で逆にシェーンを射殺してしまいます。
瀕死のシェーンが息子アルヴァに、あいつは私の次にお前を殺すぞ、と言い残して息絶える中、ルルは駆けつけた警察によって逮捕されます。



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