はじめに
ヘンリー=ジェイムズ『デイジー=ミラー』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造
国際性
ジェイムズはアメリカ(ニューヨーク)生まれですが、若い頃からヨーロッパに長期滞在し、フランスやイタリアを旅し、最終的にはイギリスに帰化しました。彼の人生そのものが「アメリカ的背景」から「ヨーロッパ的文脈」への移動であり、その異文化的な距離感・観察者の立場が小説に反映されています。
ヘンリー・ジェイムズのテーマを「国際性(international theme)」と呼ぶのは、まさに批評史のなかでよく言われることです。
初期から中期にかけての代表作『アメリカ人』『デイジー・ミラー』『ある婦人の肖像』などでは、アメリカの「新世界」的な単純さ・純真さ・エネルギーと、ヨーロッパの「旧世界」的な洗練・伝統・複雑さの価値体系の衝突や交流を中心に物語が展開されます。批評家たちはこれを「国際テーマ」と呼び、ジェイムズ文学の重要な特徴とみなしています。
集合行為における一個のアクターの視点から描く心理劇
本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『卍』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルー=ベルベット』と言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。
本作では視点は27歳のアメリカ人青年ウィンターボーンにおかれます。彼はジュネーヴで教育を受け、定職を持ちません。ウィンターボーンはデイジー=ミラーというアメリカの純真さの目撃者となりますが、彼女とジョヴァネリの関係は直接的に描かれず、関係は暗示されます。
ロシアとフランスのリアリズムの影響。集合行為を追う物語
ヘンリー=ジェイムズという作家はツルゲーネフ(『父と子』『初恋』)を通じて知己を得たフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)、ゾラ(『居酒屋』『ナナ』)、モーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)などから影響を受けたことが知られます。そうした縁もあってロシアとフランスのリアリズム文学の影響を強く受けたのでした。またバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)の作品をこのみ影響されました。
本作品もさながらドストエフスキーの『罪と罰』などを連想させられます。
他の作品では例えば冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、ハメット『マルタの鷹』『血の収穫』、谷崎潤一郎『卍』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』などに近いですが、物語は偏に特定のテーマや目的に従うべくデザインされている訳ではなく、エージェントがそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯する中でドラマが展開されていきます。このようなデザインは、現実社会における政治学・社会学(システム論、エスノメソドロジー)や制度論、国際関係論におけるリアリズム/リベラリズム/ネオリベラリズム/ネオリアリズムが想定する人間関係や国際関係に対するモデルと共通しますが、現実世界における実践に対する見通しとして経験的根拠の蓄積のある強固なモデルといえます。
メリメ、モーパッサンらの影響
ヘンリー=ジェイムズはモーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)などから影響を受け、モーパッサンも枠物語構造をとりれた作品があって、それが永井荷風の『ふらんす物語』へ影響し、そこで「おもかげ」と呼ばれる作品をものしております。コンラッド『闇の奥』にもモーパッサンの影響があります。本作の非線形の語りはモーパッサン、それからメリメの影響が大きいでしょう。
メリメは『カルメン』のオペラ化が有名ですが、ゴシック文学を広く手がけております。伝聞による語りや翻訳文学のパロディなどを孕んだ、豊かな語り口が特徴の作風で、『カルメン』も枠物語の構造です。
ジェイムズの非線形の語りにはこうした作家の影響も関わります。
物語世界
あらすじ
夏のある日、ジュネーヴからレマン湖畔の町ヴヴェイへやってきたウィンターボーンは、美しいアメリカ人女性デイジーと知り合い、天真爛漫な彼女に魅了されます。同地に滞在中の伯母コステロ夫人はデイジーの噂を知り、「品位がない」とみています。
数日後、ウィンターボーンとデイジーは2人で近くの古城へ出かけます。近くジュネーヴに戻ることを告げると、デイジーは不機嫌になり、冬にローマでまた会うことを約束させられます。
年が明け、今はローマに滞在している伯母から手紙があります。例の女性はローマで三流のイタリア人男性と遊びまわっているそうです。ローマへ着いたウィンターボーンが、知り合いのウォーカー夫人を訪ねると、ちょうどデイジーと弟、母親がやってきます。デイジーはウォーカー夫人へ話しかけ、ウォーカー邸のパーティーに出席させてもらうようにと頼みます。
その後、ピンチョ庭園へ行くデイジーをウィンターボーンが送ります。デイジーはローマに来てから知り合いが増え、社交界へ出入りするのが楽しいといいます。ピンチョ庭園に着くと、イタリア人のジョヴァネリが彼女を待っていました。しばらく3人で歩くものの、ウォーカー夫人が馬車で追いかけて来ます。こんなところを男2人従えて歩くのはみっともないから馬車に乗るように、と夫人は言うものの、デイジーは反発し、ジョヴァネリと去ります。馬車に乗ったウィンターボーンはデイジー=ミラー嬢と絶縁するよう夫人から忠告されるものの、彼女に対する好意は消えません。
3日後、ウォーカー邸でのパーティーにウィンターボーンも出席します。だいぶ時間が経ってから、デイジーとジョヴァネリが一緒に来ます。ジョヴァネリが美声を披露している間、ウィンターボーンはデイジーと話をするものの、あのイタリア人に入れ込んでいるようです。帰り際、ウォーカー夫人に手ひどい言葉を浴びせられたデイジーは青ざめて帰ります。
その後も教会や古代遺跡で2人がいるのを見かけ、伯母や友人からも噂を聞きます。
ある夜更け、食事の後で歩いて帰るウィンターボーンがコロッセオへ寄ると、デイジーとジョヴァネリがいました。ウィンターボーンは熱病(マラリア)に気を付けるよう忠告して2人を帰らせます。
それから間もなく、デイジーが急病になったと噂を聞きます。母親によれば、「イタリア人男性と婚約はしていない」ことをウィンターボーンへ伝えてほしいと、デイジーは母に3度も頼んだそうです。
1週間ほどでデイジーは亡くなり、ローマの新教徒墓地に埋葬されたのでした。




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