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太宰治「富嶽百景」解説あらすじ

太宰治
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始めに 

 太宰治「富嶽百景」解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

芥川の影響。童話パロディ

 太宰治は芥川龍之介の影響が顕著で皮肉な作風が特徴です。

 芥川に影響したオスカー=ワイルド(『サロメ』『ウィンダミア卿夫人の扇』)のような、シニカルな文明批評が特徴です。

自伝的小説

 太宰治は芥川龍之介からの影響が顕著ですが、芥川龍之介はストリンドベリの告白文学から顕著な影響を受け、とはいえストレートに自伝的な告白文学はなかなかものさず『藪の中』『地獄変』といった告白形式の作品や、『大導寺信輔の半生』『歯車』など自伝的作品を著しました。

 本作はそんな芥川龍之介に影響したストリンドベリにも似た告白文学になりつつも、芥川龍之介的なシニズムで相対化して展開しています。

 このような自己戯画化、セルフパロディ的な試みは「ダス=ゲマイネ」「」「道化の華」などにもうかがえます。

作品背景

 1938年7月上旬頃、太宰の面倒をみていた中畑慶吉と北芳四郎が、井伏鱒二に太宰の結婚相手の世話を依頼しました。そこから石原美知子との結婚話が始まります。美知子は地質学者・石原初太郎の四女で、山梨県立都留高等女学校の教諭でした。

 1938年9月13日、太宰は、井伏鱒二の勧めにより山梨県南都留郡河口村の御坂峠にある土産物屋兼旅館である天下茶屋を訪ね、ここに井伏もいました。

 9月18日、太宰は井伏の付き添いで、石原美知子と見合いをし、太宰は結婚を決意します。11月6日、美知子と婚約。1月8日、杉並区の井伏宅で結婚式をします。

富嶽百景

 昭和十三年の初秋、かばん一つ提げて旅に出た「私」は、師の井伏鱒二が滞在する、甲州御坂峠の天下茶屋に身を寄せますが、そこは富士がよく見える場所でした。あまりに「おあつらえ向き」だとして、富士に良い印象を抱かなかった「私」ですが、見合いのことなどをへて、次第に富士にポジティブな印象を持つようになります。

 タイトルの「富嶽百景」は、そうした心境の変化を象徴するもので、俗な幸せに少し憧れが出てきた心理を描いています。

物語世界

あらすじ

 昭和十三年の初秋、かばん一つ提げて旅に出た「私」は、師の井伏鱒二が滞在する、甲州御坂峠の天下茶屋に身を寄せます。

 そこは富士がよく見える場所でした。あまりに「おあつらえ向き」だとして、富士に良い印象を抱かなかった「私」ですが、旅先での出会いなどから、富士への印象が変化します。

 私は見合いをして、自分の仕事を評価してくれたことから結婚を決意します。また主人公を慕って文学論議にきた青年との出会いもありました。

 甲州を去る前に見た富士は、これまで見ていた富士とは違う印象でした。

参考文献

・野原一夫『太宰治 生涯と作品』

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