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安部公房『砂の女』解説あらすじ

安部公房
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始めに

 安部公房『砂の女』解説あらすじを書いていきます。

 

背景知識、語りの構造

リルケのリアリズムと語り

 公房はリルケというオーストリアのドイツ語文学の詩人に影響されました。リルケは印象主義、象徴主義、モダニズムに括られる作家で、その徹底したざらざらとしたリアリズムから、公房は顕著な影響を受けています。『砂の女』や『箱男』に見える徹底した観察の眼差しも、リルケの影響が大きいです。国内では古井由吉などもリルケの影響が知られます。

 本作では異質物語世界の語り手を設定し、焦点化される仁木順平の体験を客観的に徹底的に描写していきます

 公房は満洲からの引き揚げ体験からリルケやハイデガー風の『無名詩集』を、謄写版印刷により最初期に自費出版しています。これは少しも売れず、公房は読まれないことに悩み、作家としての戦略を組み立てます。

ビジネスライクな戦略

 公房は実はすごくビジネスライクな作家です。まず作品が売れることを第一番に考えていました。

 とはいえ、売れればなんでもいいというわけではなくて、自分が志向する純文学という隙間産業のビジネスの中で、市場のニーズを把握しつつ、自分のやりたいことをそれを踏まえながら展開しようとする、作家としての堅実な戦略性を持っていた書き手でした。

 正直公房は村上春樹とも近くて、理詰めで表現を組み立てる秀才タイプの書き手で、ビジネスマンとしても一流でありつつ、他方で作品の内容としては、同時代の最先端のラテンアメリカ文学から刺激されたりと常に意欲的でハングリー精神はあるものの、決して水準が高い作品ばかりではありません。むしろくだらない長編も多く、しかもキャリアの初期のほうが想像力に満ちた豊かなものを著していて表現者としては先細りな印象もします。ノーベル賞に近いとは言われるものの、ノーベル賞全体のアベレージの中で見ると真ん中かその若干下くらいで、決して大江健三郎のように圧倒的なポテンシャルを持っていたというのでもありません。

ポーとカフカの幻想文学

 公房はカフカやポーの幻想文学から影響されました。

 カフカはホーフマンスタール、ゲーテ(『ファウスト』)などの象徴主義、ロマン主義といった幻想文学からの影響が顕著です。加えてフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)、ドストエフスキーなどの写実主義の作家からの影響が顕著です。

 ドストエフスキーは初期には特に前中期のゴーゴリ(「」「外套」)からの影響が強く、ロマン主義文学として端正なスタイルで作品を展開していました。『貧しき人々』『分身』がこうした時期の作品で有名ですが、カフカの作品はドストエフスキーが『罪と罰』などで独特のリアリズムを展開するよりも前の、この時期の作品と重なります。

 またドストエフスキー『分身』は幻想文学としてのファンタジックなモチーフと絡めて、風習喜劇的なリアリスティックな心理劇を展開した内容になっています。『分身』の主人公ゴリャートキンの分身は主人公を出し抜き劣等感を抱かせ、最終的な破滅へと導きます。分身の正体はゴリャートキンの妄想という解釈もすることができますが、正体は分かりません。

 カフカもこうした、ファンタジーなどの非現実的な要素と絡めてリアリズムを展開する手腕に長けていて『変身』『審判』も描きました。この辺りはヴォネガット(『スローターハウス5』『タイタンの妖女』)やドストエフスキーとカフカを愛したハイスミス(『ふくろうの叫び』『太陽がいっぱい』)などと重なります。

 カフカ『変身』は家族という関係を中心にするメロドラマになっています。主人公のザムザは突然、虫になってしまったことで、家族は戸惑い、邪険に扱うようになります。ザムザの孤立と死の顛末、家族の心理がリアリスティックに展開されていきます。虫になるというシチュエーション自体はファンタジックな設定ではあるものの、何か思いがけないトラブルに見舞われたことで家族という関係において孤立するという状況自体はいつどこでも起こり得るものです。このように幻想文学と心理劇をうまく結び付けてカフカは展開しました。

 またカフカが『変身』でも展開した、アイデンティティをめぐる実存的テーマは、一貫して公房にとって中心的テーマであり続けます。

 公房も本作などで幻想的かつリアリスティックな心理や描写を展開します。

砂の村の不条理のリアリズム

 本作は短編「チチンデラ ヤパナ」を膨らませた内容で、そちらでもある村へ出かけた男がそこへ閉じ込められてしまうという内容です。

 本作『砂の女』では、主人公は騙されるような形で村に幽閉されて村のために砂搔きの仕事をします。村の家々は一軒一軒が砂丘の蟻地獄の底にあって、常に砂を穴の外に運び出さないと家が砂に埋もれるため、人手を欲していました。同じ家にいて砂掻きをしている女とずるずる関係をもち子供を授かり、脱出しようとするものの失敗し、次第に村に対する帰属意識を持つようになり、村から出ようとしなくなります。

 物語はカフカやベケット作品と同様に、具体的になんの象徴であるのか明示されません。しかしその寓意性や象徴性は多様な解釈に開かれています。例えばそれは不倫の象徴とも受け止められます。公房自身も妻子ある身でありつつ山口果林と不倫に溺れてずるずると蟻地獄から抜け出せなくなってしまっていました。

 そのほか共に時間を過ごす中で相手や特定のコミュニティとの関係などから抜け出せなくなってしまう心理を本作はリアリスティックに綴ったものとも解釈できます。たとえばそれはDVとかで、そこにおいてはたいてい被害者は加害者に愛着を抱いてしまって蟻地獄のように抜け出せなくなってしまいます。

 物語はカフカの長編のように多様な象徴のニュアンスをたたえながら、リアリスティックな心理描写で展開されます。

シュルレアスム、ルイス=キャロル

 安部公房はシュルレアリスムからの影響が大きいです。シュルレアリスムは、既存のアートやモラルへのカウンターとして展開され、そこからカフカ、ルイス=キャロル(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)などのナンセンス色の強い幻想文学に着目したりしました。

本作もキャロル(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)の影響が顕著で、ナンセンスなテイストが濃厚です。

物語世界

あらすじ

 昭和30年8月のある日、男(仁木順平)は、休暇を利用して海岸に新種のハンミョウを採集するためにS駅に降り立ち、終点の砂丘の村に行きます。そこで漁師の老人に、部落の民家に滞在するように勧められます。

 その家には、寡婦が一人で住んでいて砂掻きに追われていました。村の家は、一軒一軒砂丘に掘られた蟻地獄の巣にも似た穴の底にあり、縄梯子でのみ地上と出入りできます。一夜明けると縄梯子が村人に取り外され、男は穴の下に閉じ込められます。しかし男は砂を掻かずに逆らうと水が配給されなくなるため、女との同居生活をします。

 村の家々は、常に砂を穴の外に運び出さないと家が砂に埋もれるため、人手を欲していました。部落の内部では、村長が支配する社会主義に似た制度があり、物資は配給制でした。男は、女と砂を掻きだす生活をしながら、やっと家から出ることに成功します。

 しかし、逃走中の砂地で溺れ死にかけ、村人らに救出されます。男は再び女のいる家に吊り下ろされます。男はあきらめだして穴の生活に慣れ、女と夫婦のようになり、溜水装置の研究が日課になります。

 3月になり、女が妊娠し、その2か月後、女は子宮外妊娠で町の病院へ運ばれます。女が連れて行かれた後、縄梯子がそのままになっていたものの、男の心には部落への連帯感が芽ばえており、溜水装置の開発のことを村の者に話したいと感じていました。逃げる手立てはその翌日にでも考えればいいと考えます。

 7年後の昭和37年10月5日、仁木しの(男の妻)の申立てにより、家庭裁判所が民法第30条に従い、行方不明の夫・仁木順平を失踪者として審判を下し、死亡の認定がなされます。

参考文献

・安部ねり『安部公房伝』

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