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フローベール『感情教育』解説あらすじ

フローベール
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始めに

フローベール『感情教育』解説あらすじを書いていきます。

 

語りの構造、背景知識

ロマン主義、古典主義、ルネサンス文学の影響

 フローベールはロマン主義や古典主義、ルネサンス文学に傾倒しつつも、自身はそこから写実主義を展開したと説明されます。オースティン(『傲慢と偏見』)がリチャードソンの影響から風刺作品を展開したのと似ているでしょうか。

 とはいえロマン主義(ゲーテ[『ファウスト』『若きウェルテルの悩み』)]、ユゴー[『レ・ミゼラブル』]、シェイクスピア)、古典主義(ヴォルテール)、ルネサンス文学(ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』)のリアリズム描写や主題はフローベールに継承されていますし、それが公共圏へのコミットメントの中での自己実現を巡る作品であるという点ではそうした作品からの影響が濃厚です。

年上の女性との恋。スタンダール、バルザック

 本作はスタンダール『赤と黒』やバルザック『谷間の百合』からの影響が知られ、いずれも世間知らずで野心家の青年が年増の女性との恋愛を通じてある種成長していくプロセスを描く点で共通しています。

 本作がこの2つの作品とコンセプト的に異にしているのは、「老い」と「失われた青春」をテーマにしている点です。主人公のフレデリックは社交会に出入りしながら無為のうちに歳月を過ごし、あるとき突如として自分が恋焦がれたアルヌー夫人が訪れ、白くなった髪を一房切り取って渡し、最後の別れを告げます。その冬、フレデリックは旧友デローリエと青春の思い出を語り合い、過去を振り返ってあの頃がいちばん楽しかったといいます。

 野心に囚われ、成功を夢見て奔走しながら、革命など時代の混乱に翻弄され、大切にすべき時間を本当には大切にできなかったという感慨はゲーテ『ファウスト』のテーマとも重なるところがあります。こうした主題はプルースト『失われた時を求めて』と共通します。

ゲーテ『ファウスト』。生の哲学

 本作は社会の中での自己実現を巡るドラマになっている点において、ゲーテ『ファウスト』の影響を伺わせます。

 ゲーテ『ファウスト』では、学究と人生に絶望した錬金術師ファウストが主人公になっていて、メフィストフェレスとの駆け引きの果てに、人生の意味を、永遠に続いてほしい瞬間を、ようやく見出します。

 本作ではむしろ、人生における成功や野心にとらわれるあまり、本当に大切にすべきだった一瞬を本当には大切にできなかったという感慨が綴られます。『ボヴァリー夫人』におけるボヴァリー夫人の破滅と、テーマとしては重なります。

1848年の革命、二月革命

 本作品では、二月革命の狂騒が描かれています。フランスでは、フランス革命の後でさらに七月革命、二月革命と二度の革命を経験しました。

 フランスでは王政と封建制の打倒のために、ブルジョワジーが主導しプロレタリアと連帯してフランス革命がなされたものの、二月革命の頃には革命はプロレタリアが主導し、既に社会的ステータスを得ていた新興のブルジョワ階級は保守化していきました。そして社会や文化の担い手はブルジョワジーが中心になっていきました。

 本作もそのような社会のブルジョワジー化という変化を背景にその中で立身出世により自己実現をはかる若者を描きます

 社会のブルジョワジー中心化により階級的秩序が流動的になるなかで、フロベール自身も芸術家として、自分の自己実現に悩んだのでした。

物語世界

あらすじ

 1840年、大学入学試験に合格したばかりの青年フレデリック=モローは、郷里へと向かう船上で美術商ジャック=アルヌーと出会い、彼の妻マリ=アルヌーに一目惚れをします。

 フレデリックはパリに出て、親友で野心家のデローリエ、かつての級友のマルチノン、上流の出のシジー、共和主義者のセネカルと交流しながらすごします。そんな中、流行品店の店員デュサルディエを助けたことから、流行新聞を手がけているユソネと知り合い、彼の伝手でアルヌーの美術工芸店へ出入りするようになります。ここで画家ペルラン、「シトワイヤン」とあだ名されるルジャンバールらと知り合い、アルヌー家に出入りします。

 しかし、帰郷したフレデリックは母親から家の財政状態の深刻さを告げられ、パリでの生活や将来への希望を諦めます。フレデリックはアルヌー夫人を思い切り、近所に住む土地管理人の娘ルイズとすごします。しかし1845年の暮れ、突然伯父が死去、彼が遺言なしで死んだためにフレデリックは全財産を相続、2万7000リーブルの年収を得ます。

 フレデリックは再びパリに出て友人たちとの交流、アルヌー家とも旧交を温めます。アルヌー夫人へ愛を打ち明けたフレデリックは、やがて夫人に逢引きの約束を取り付けます。しかし夫人の子供が病気になり、これを不貞への天罰と捉えた夫人は約束をふいにします。その日は1848年2月23日、パリで二月革命の日でした。

 フレデリックは失意から社交家のロザネットの恋人となり、デローリエに唆されて代議士への出馬を検討して失敗、権勢家のダンブルーズ家では保守的な意見を述べ、ダンブルーズ夫人の情夫となり、友人たちとは疎遠になります。一方、陶器工場の経営に頓挫したアルヌー家は破産、アルヌー夫人は夫、子供と去ります。フレデリックはロザネットにもダンブルーズ夫人にも嫌気が差し、家庭的な幸福を求めてルイズ嬢に会いに故郷へ向かいますが、彼女はデローリエと結婚式を挙げていました。

 そうしてフレデリックは社交会に出入りしながら無為のうちに歳月を過ごしました。1867年、突如としてアルヌー夫人が訪れます。彼女は白くなった髪を一房切り取って渡し、最後の別れを告げます。その冬、フレデリックはデローリエと青春の思い出を語り合います。まだ中学生だったとき、2人で娼家を訪れて、すぐに逃げてきたことがありました。2人はこのことを語り合い、あの頃がいちばん楽しかったといいます。

参考文献

・野崎歓『フランス文学と愛』

Winock, Michel. ”Flaubert ”

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