始めに
ショー『ピグマリオン』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
イプセンなどの影響
ショーは特にシェイクスピアとイプセン(『民衆の敵』『人形の家』)から影響を受けました。
本作も特にシェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』へのオマージュやパロディとしての性質があると捉えられていて、その戯曲のミソジニー的なテイストにショーは不服で、本作はそれへの意趣返しとされます。
イプセンからもショーは大きな影響をうけていますが、イプセンの作品は問題劇と呼ばれ、これは古典主義的スタイルを重視しない自由は構成と社会批判の特性をはらむことからついた名称ですが、「問題劇」というタームはその特徴の類似(三一致の法則の軽視など)も相まりシェイクスピアの一部作品にも転用されました。
本作はイプセン『人形の家』のような、女性の自立を描きます。
ほかにシェリーのロマン主義、ニーチェのシニズムやロマン主義から影響を受けました。
階級と発音
全体的なコンセプトとしては、無作法だが人情溢れるロウアークラスのヒロインのイザベラやその父ドゥーリトルと、ミドルクラスで非凡な知性と知識と研究者としての地位がありながら品位と人情に欠けるヒギンズが対比的に描かれています。
ヒギンズは、言語学者として、コックニーの訛りがひどいイザベラに上流階級で通用する発音を教えようとするものの、ヒギンズ自身もアッパークラス的な洗練された振る舞いや、ロウアークラス的な人情味に欠けています。結局最後まで、イザベラのことを一人の個人として尊重できないために、イザベラに去られ、彼女はミドルクラスの優しい恋人のフレディと結ばれようとします。
他のキャラクターはヒギンズの母のヒギンズ夫人、ピアス夫人は、良識的キャラクターでヒギンズを確かめる役で、またヒギンズの友人ピカリング大佐はややヒギンズとも重なりデリカシーに欠けるものの、アッパークラスらしい優雅さを持っています。
ピグマリオン神話
タイトルの「ピグマリオン」はギリシア神話に登場するキプロス島の王、ピュグマリオーンのことです。現実の女性に失望していたピュグマリオーンは、あるとき自ら理想の女性のガラテアを彫刻し、やがて自らの彫刻に恋をするようになります。その彫像から離れないようになり次第に衰弱していく姿を見かねたアプロディーテーが彫像に生命を与え、ピュグマリオーンはそれを妻にします。
この神話はヴィクトリア朝イングランドでは流行していて、ショーに影響したウィリアム=S=ギルバートが執筆した『ピグマリオンとガラテア』もあります。
本作ではヒギンズはピグマリオンさながらに、理想の発音をイザベラに教え込んでいきます。
本作以降の脚色
本作のラストはシェイクスピアの問題劇さながらに悲劇(ヒギンズがイザベラを失う)とも喜劇(イザベラが自立する)とも見えますが、ともかくラストではイザベラはピグマリオンであるところのヒギンズを拒絶します。
けれども有名な『マイ・フェア・レディ』などをはじめ、翻案では原作の意図を離れていってフェミニズム的テイストが希薄になり、ヒギンズとイザベラのロマンス喜劇として脚色されやすいです。
ただなんかそうしたくなる気持ちもわかるというか、まずヒギンズが悪役なんですが、悪人ではないのでなんか憎めないところがあります。ヒギンズは『じゃじゃ馬ならし』のペトルーチオのように自分の理想の女性を作るために故意にイザベラを痛めつけようとしているわけではなく、単純に本人のASDっぽい天然ボケ、自分を相対化して反省する視点の欠落、デリカシーのなさからイザベラを傷つけてしまっていて、あんまり悪気はないです。ヒギンズは悪人というよりは、コキュ(寝取られ男)的な鈍感さゆえに大切なつながりをなくしてしまうキャラクターです。
他方でドゥーリトルなんかも今日では毒親としか映らないですが、こっちはいいやつで楽しいロウワークラスみたいな描かれ方で、ヒギンズとは対照的に幸せになるので、ちょっとヒギンズもかわいそうではあります。
それとロウアーミドルクラスの良心みたいな設定でイライザと結ばれることが最後に示唆されるフレディが空気気味なので、むしろヒギンズと結ばせたくなる翻案の気持ちは分かります。
物語世界
あらすじ
第一幕
一団の人々が雨宿りをしています。その中には、表面的には出世しているものの“genteel poverty”(ミドルクラスだがお金がない)の中でなんとか暮らしているアインズフォードヒル一家がいます。
最初に登場するのはアインズフォードヒル夫人と娘のクララです。クララの兄フレディが、以前タクシーを手配するよう頼まれて入ってきますが、気弱で気弱な彼は手配に失敗しています。彼が再びタクシーを探しに行くと、花売り娘のイライザ=ドゥーリトルに出会います。彼女の花はコベントガーデンの泥の中に落ちます。
すぐに、ジェントルマンのピカリング大佐が彼らに加わります。イライザが大佐に花を売ろうとしている間、通りすがりの人が、別の男がイライザの言うことをすべて書き留めていると彼女に知らせます。その男は、言語学者で音声学者のヘンリー=ヒギンズです。イライザは、ヒギンズが警察官であって彼が自己紹介するまで落ち着かないのではないかと心配します。
すぐに、ヒギンズとピカリング大佐が音声学に共通の関心を持ち、お互いに強い尊敬の念を抱いていることが明らかになります。実際、ピカリングはヒギンズに会うためにインドから来ており、ヒギンズもピカリングに会うためにインドに行く計画を立てていました。ヒギンズはピカリングに、花売り娘に正しい話し方を教えるだけで公爵夫人に成り済ますことができると話します。
この言葉はイライザの興味をかきたて、花売りのままとしても、イライザは人生を変えてマナーを身に着けたいと思います。
タクシーを見つけてフレディが戻ってくるものの、母親と妹は先に行ってしまいました。世慣れしたイライザはヒギンズが投げたお金を使ってフレディからタクシーを奪い、彼を一人ぼっちにしてしまいます。
第二幕
ヒギンズの家。
ヒギンズがピカリングに音声学を披露していると、家政婦のピアス夫人が、若い女の子がヒギンズに会いたいと言っていると告げます。イライザでした。
イライザは淑女のように話したいのでやって来ました。イライザはヒギンズに、レッスン料は自分が払うと言います。ヒギンズは興味を示さないものの、イライザはヒギンズが前日に嘯いていたことを思い出させます。
ピカリングはヒギンズの主張に賭け、ヒギンズが成功したら自分がレッスン料を払うと申し出ます。ピアス夫人はヒギンズに、少女の前では行儀よくしなくてはならない、悪態をつくのをやめ、食事のマナーを改めなくてはならないと告げるものの、ヒギンズはなぜ自分が非難されるのかわかりません。
イライザの父アルフレッド=ドゥーリトルが、娘の幸福に父親としての関心を持たず、ヒギンズから金を巻き上げることだけを目的に現れます。ドゥーリトルはイライザを失ったことに対する補償として 5 ポンドを要求し、受け取りますが、ヒギンズはドゥーリトルの道徳観に大いに面白がり、10 ポンドを支払おうかと考えます。ドゥーリトルはこれを拒否し、彼は自分を成功に値しない貧乏人だと考えており、これからもそのままでいるつもりだといいます。
ドゥーリトルは攻撃的で、イライザは戻ってきたときにドゥーリトルに向かって舌を出します。ドゥーリトルは彼女を殴ろうとするものの、ピカリングがそれを阻止します。
第三幕
ヒギンズ夫人の応接室。
ヒギンズが突然やって来て、自分が教えている「普通の花売り娘」を拾ったと母ヒギンズ夫人に告げます。ヒギンズ夫人は、鬱陶しく、ヒギンズ夫人は訪問者をもてなしているからでした。訪問者とはアインズフォードヒル一家です、ヒギンズは彼らが来ると、失礼な態度を取ります。
イライザがやって来て、すぐに天気や家族の話を始めます。イライザは美しく抑揚のある声で話せるようになりましたが、話す内容は下品なままです。イライザは叔母が親戚に殺されたのではないかという疑惑を打ち明けます。その叔母にとってジンもミルクだったこと、イライザ自身の父親は「立ち寄るといつももっと感じがよかった」ことを話します。ヒギンズは彼女の発言を新しい世間話として聞き流し、フレディはうっとりします。
彼女が去るとき、フレディが公園を歩いて通るのかと尋ねると、彼女は「歩く?んなわけねーだろ(コックニー訛り)。タクシーです」と答えます。
イライザとアインズフォードヒル一家が去った後、ヒギンズは母親の意見を聞きます。母親は、イライザは人前に出せそうになく、これからどうなるのか心配だと言いますが、ヒギンズもピカリングも母親の心配を解しません。2人はイライザがこれからどうなっていくのか自信と期待を持って去ります。ヒギンズ夫人はこれに憤慨し、「男ってやつは」と叫びます。
第四幕
ヒギンズの家、真夜中。
ヒギンズ、ピカリング、イライザが舞踏会から戻ってきます。疲れたイライザは誰にも気づかれず、考え込んで黙り込んで座っており、ピカリングは賭けに勝ったヒギンズを祝福します。ヒギンズは嘲笑し、その夜は「ばかげた愚行」だったと言い、終わったことを神に感謝し、この 2 か月間ずっとうんざりしていたと話します。イライザにはほとんど挨拶せず、コーヒーに関するメモをピアス夫人に残すように頼んだだけで、2 人はもう寝ようとします。
それからヒギンズはすぐに部屋に戻ってきて、スリッパを探そうとするものの、イライザはそれをヒギンズに投げつけます。ヒギンズは驚き、勝利の後に無視されたことに加え、自分はこれからどうすればいいかイライザが気にかけていることに、最初はまったく気づかないのでした。ヒギンズはようやく理解するとそれを軽く扱い、イライザも結婚できるだろうと言いますが、イライザはこれをまるで売春婦のように自分を売るようだと思い、激昂します。
ついにイライザはヒギンズに宝石類を返し、指輪も返します。ヒギンズは指輪を暖炉に投げ込み、イライザを怖がらせます。ヒギンズは自分がカッとなったことに苛立ち、ピアス夫人、コーヒー、イライザ、そして最後には知識と敬意と親密さを「恩知らずで下品な奴」に「惜しみなく与えた」として自分自身を罵り、激怒して立ち去ります。イライザは暖炉の中をかき回して指輪を取り出す。
第5幕
ヒギンズ夫人の応接室。
翌朝、ヒギンズとピカリングは、イライザが家を出て行ったことに気が付き動揺し、ヒギンズ夫人(ヒギンズ母)に警察に電話するよう頼みます。ヒギンズは、イライザが彼の日記をつけたり持ち物を管理する責任を引き受けていたため特に気が散り、ヒギンズ夫人は、イライザを「なくした傘」のように求めて、警察に電話したことを非難します。
ドゥーリトルが呼ばれ、豪華な婚礼衣装をまとって現れ、ヒギンズに激怒します。ヒギンズは以前ドゥーリトルと会った後、ドゥーリトルの型破りな倫理観に魅了され、道徳改革協会の創設者である裕福なアメリカ人にドゥーリトルを「イギリスで最も独創的な道徳家」として推薦していました。その後、このアメリカ人はドゥーリトルに年間3000ポンド相当の年金を残しており、その結果ドゥーリトルは中流階級に加わって恋人と結婚することに不安を覚えています。
ヒギンズ夫人(ヒギンズ母)は、これで少なくとも誰がイライザを養うかという問題は解決したと述べるものの、ヒギンズは納得しません。ヒギンズ夫人は息子のヒギンズにイライザが 2 階にいることを告げ、彼女が到着した状況を説明し、昨夜イライザがいかに疎外され、無視されていると感じていたかをほのめかします。ヒギンズはこれを理解できず、行儀よくするように言われると不機嫌になります。ドゥーリトルは外で待つように言われます。
イライザは落ち着いて入ってきます。ヒギンズは怒鳴り散らすものの、イライザは動揺せず、ピカリングだけに話しかけます。ヒギンズが以前に言った侮辱を投げ返し、イライザはピカリングの例によってのみ淑女になる方法を学んだと述べ、ヒギンズは言葉を失います。
イライザは、かつての花売り娘だった頃の自分は完全に忘れ去られ、昔の声は出そうとしても全く出せないと言い続けます。そのとき、ドゥーリトルがバルコニーから現れ、イライザは昔の声を出します。ヒギンズは大喜びし、飛び上がって勝利と称して誇らしげにします。ドゥーリトルは自分の状況を説明し、イライザに結婚式に一緒に来てくれるか尋ねます。ピカリングとヒギンズ夫人も行くことに同意し、2人は出発し、ドゥーリトルとイライザも後を追います。
ヒギンズは、これまでのしかえしでもう満足しているか、また戻ってくるかとイライザに尋ねますが、イライザは拒否します。ヒギンズは、イライザの以前の非難に対して、自分は誰に対しても平等に接しているので、イライザが特別扱いされていると感じる必要はないと主張して、自分を弁護します。イライザは、もう少し優しさが欲しいだけであり、ヒギンズがそれを示すことはないのだから、戻ってこないし、フレディと結婚するだろうといいます。
ヒギンズは、そんな卑しい野心のイライザに咎め、彼女を「王の配偶者」に育てたのに、と言います。イライザが、ヒギンズの学問上のライバルであるネポマックに音声学を教えるジョシュになると脅すと、ヒギンズは再び激怒し、もしそうするなら首を絞めると言います。イライザは、この最後の脅しがヒギンズの心の奥底を直撃したと気が付きます。
一方、ヒギンズは、イライザが以前のように心配したり悩んだりするのではなく、闘志を燃やしているのを見て喜びます。ヒギンズは彼女を「力の柱」と呼びます。ヒギンズ夫人が戻ってきて、彼女とイライザはドゥーリトルの結婚式に向けて出発します。出発するときに、ヒギンズはイライザに用事のリストを渡します。イライザは軽蔑して、自分で用事を済ませるように言います。ヒギンズ夫人が持ってくると言うものの、ヒギンズは、結局イライザがやるだろうと明るく言います。
ヒギンズはイライザがフレディと結婚するという考えに心の中で笑うのでした。
参考文献
・Archibald Henderson.”George Bernard Shaw His Life and Works ”




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