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ムージル『ウェルギリウスの死』解説あらすじ

ムージル
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始めに

 ムージル『ウェルギリウスの死』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ムージルの作家性

 ​ムージルは作家であると同時に、哲学の博士号を持つ学者でもありました。彼の作風の根底には、論理的な思考と神秘的な直感の融合があります。ニーチェはムージルが若き日から最も強い影響を受けた一人です。道徳の再評価や超人の概念、そして既存の価値観を解体して組み直すという姿勢は、ムージルの文学的探求の出発点となりました。物理学者・哲学者であるマッハの自我は救い難いという実証主義的な考え方は、ムージルの心理描写や自己の多層性の表現に決定的な影響を与えました。またアメリカの思想家エマソンの自己信頼や自然に関するエッセイを愛読しており、彼の直感的な思考スタイルはムージルのエッセイズムの形成に寄与しました。


​ ​ムージルは、19世紀の写実主義から20世紀のモダニズムへの橋渡しをするような作家たちに注目していました。人間の内面の深淵や心理的な葛藤を描く手法において、ドストエフスキーを高く評価していました。ロマン派の詩人ノヴァーリスの神秘主義や世界を質的に高めるという思想は、ムージルの描くもう一つの状態(神秘的な陶酔)の描写に反映されています。また散文における精密さや、文体に対する厳格な姿勢において、フローベールを一つの理想としていました。ほかに象徴主義の劇作家メーテルリンクからは、言葉にできない内面の微細な動きや沈黙の表現において影響を受けました。


​ ​ムージルは当時のウィーンの知的状況の中に身を置いていました。​アルトゥル・シュニッツラーやフーゴー・フォン・ホーフマンスタールといった同時代のウィーンの作家たちとは、時に共感し、時に批判的に対峙することで、自身の独自の文学的地位を確立していきました。

美と現実

 テーマは、美は崩壊していく世界を救えるのかという問いです。死を目前にしたウェルギリウスは、自分が作り上げた華麗な詩句が、現実の苦しみや死の恐怖の前では虚飾に過ぎないと感じ、絶望します。彼は、単なる美ではなく、存在の根源に触れる真実(ロゴス)を求め、不完全な芸術作品である『アエネーイス』を焼き捨てようと葛藤します。


 ​物語の白眉は、ウェルギリウスと親友でもある皇帝アウグストゥスとの対話です。​アウグストゥスは詩を国家の栄光を称えるプロパガンダとして残すよう迫ります。​ウェルギリウスは詩を個人の魂の救済として捉え、それが果たせなかった以上、破棄すべきだと考える。 ここで、芸術は権力に奉仕すべきか個人の内面的な真理に従うべきかという普遍的な対立が描かれます。

世相

 ブロッホはこの小説で、意識が混濁し、生から死へと移行するプロセスを、極めて長いセンテンスと抒情的な文体で描きました。ウェルギリウスは死の間際、言葉で表現できる世界を超え、言葉以前の言葉へと回帰しようとします。最終的に、彼は個としての自己を失い、宇宙的な一体感の中へと消えていく過程が描かれます。


​ ​ブロッホがこの作品を書いたのは、第二次世界大戦中、ナチスの台頭によりヨーロッパの知性が崩壊しつつあった時期です。古代ローマの共和制から帝政への移行という過渡期と、ブロッホが生きた近代文明の終焉が重ね合わされています。古い価値観が死に、新しい価値観がまだ生まれていない時代の苦悩が、ウェルギリウスの死を通じて象徴的に表現されています。

物語世界

あらすじ

第1部:紀元前19年。病に侵され、死期を悟った詩人ウェルギリウスは、皇帝アウグストゥスの船団とともにギリシャからイタリアのブリンディジ港に到着します。 輿に乗せられ、スラム街の汚物や野卑な罵声の中を通って宮殿へと運ばれる際、彼は民衆の悲惨な現実を目の当たりにします。これまで自分が書いてきた美しく秩序ある詩の世界が、この剥き出しの現実の前ではいかに無力で、偽善的なものであったかという激しい自己嫌悪に陥ります。

第2部:宮殿の一室で過ごす、熱病に浮かされた孤独な夜の物語です。過去の記憶や幻想が入り混じるなか、彼は自分の芸術は真実(救済)に届かなかったと結論づけます。不完全な、あるいは国家を飾るための道具に成り下がった自著『アエネーイス』を焼き捨てることこそが、唯一の誠実な行為であると確信するに至ります。

第3部:翌朝、詩人のもとを訪れた皇帝アウグストゥスとの長く壮絶な議論が展開されます。皇帝は詩は国家の栄光と平和を維持するための記念碑であると主張し、原稿を渡すよう命じます。対してウェルギリウスは芸術は魂の真実のためのものであり、国家の所有物ではないと拒絶します。しかし、最終的にウェルギリウスは、皇帝との個人的な友情と、彼への愛ゆえに、原稿を焼くことを断念し、皇帝に託すことを決意します。彼はまた、自らの奴隷たちの解放を遺言します。

第4部:ウェルギリウスの意識が肉体を離れ、死へと移行する瞬間が描かれます。彼の意識は時間を逆行し、動植物、岩石、そして宇宙の混沌へと溶け込んでいきます。すべての言葉が消え去り、最後に残ったのは、言葉以前の言葉のロゴス(神なる言葉)でした。彼はその大いなる沈黙と光の中に吸い込まれ、物語は幕を閉じます。

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