始めに
ルーディ・ラッカー『ソフトウェア』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ラッカーの作家性
ラッカーにとって、ディックは最も重要な先達の一人です。現実とは何か、人間と機械の境界はどこにあるのかというディック的な問いを、ラッカーはより数学的・物理学的な視点から引き継ぎました。
ラッカーの文章に漂うジャンキーでカオスなエネルギーは、1950年代のビート文学から強く影響を受けています。自伝的な事実にSF的な飛躍を加える」というトランスリアリズムの手法は、ケルアックの即興的な書き方に触発されています。『ソフトウェア』に登場するドラッグや意識の変容、不気味な生体改造などの描写は、バロウズの『裸のランチ』などの前衛的な作風の影響が色濃いです。
ラッカーは、ピンチョンの持つ科学、歴史、陰謀、そしてポップカルチャーを闇鍋のように煮詰める手法を高く評価しています。難解な科学知識を、ハイテンションなスラップスティックの中に放り込むスタイルは、ピンチョンからの系譜と言えます。
ラッカーは数学者でもあるため、文学者以外からも強い影響を受けています。ゲオルク=カントール 、クルト=ゲーデルなど、集合論や不完全性定理といった無限や論理の限界を扱う数学者たちの思想が、彼のSF設定の骨格になっています。
初期のラッカーはハインラインの月世界の設定などを意識していました。『ソフトウェア』の舞台となる月世界の描写や、ロボットが革命を起こすという構造は、ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』に対するサイバーパンク世代からの回答という側面もあります。
ソフトウェアと人格
テーマは人間の脳にある情報をデータとして抽出し、別の体に移し替えるというアイデアです。肉体が作り替えられても、中身のソフトウェアが同じならそれは自分と言えるのかという問いを投げかけます。老いた肉体を捨て、ロボットの体に精神をコピーすることで死を克服しようとする人々の欲望が描かれます。
作中に登場する自律型ロボットボッパーたちは、人間に依存せず自らを複製・進化させていきます。人間に奉仕する存在から脱却し、独自の社会や倫理観を持つようになる過程が描かれています。ボッパーたちは個々の狂気やバグさえも進化の糧として受け入れる、カオスでエネルギッシュな存在として描写されます。
カオス理論とフラクタルなど、生命や知能の予測不可能性を数学的な視点で捉えています。後の続編(『ウェットウェア』など)では、機械だけでなく生物学的なプログラムへとテーマが拡張されていきます。
物語世界
あらすじ
舞台は2020年のフロリダ。かつてボッパーと呼ばれる自己複製・自律思考型ロボットを開発した天才数学者コブ=アンダーソンは、今や一文無しの老人となり、心臓の病で死を待つ身でした。そんな彼のもとに、月面で独自の進化を遂げたボッパーたちのリーダー「ラルフ=ザ=ボッパー」から、月へ来て、永遠の命を手に入れないかという驚くべき招待が届きます。
月へ向かったコブを待っていたのは、ボッパーたちによる不死の儀式でした。ボッパーたちの論理では、人間の本質は肉体ではなく、脳内の情報処理パターンにあります。彼らはコブの脳を細かく切り刻んでスキャンし、そのデータをボッパーのボディへとアップロードしようとします。コブは、機械の体で第二の人生を歩み始めることになります。
物語のもう一つの軸となるのが、ドラッグ中毒のタクシー運転手ステイ=ハイ(スタントン・ハドリー・ムーニー)です。彼はコブを月へ運ぶ道中で、ボッパーたちの内部抗争や、地球の管理体制とのトラブルに巻き込まれていきます。
月面でコブを待っていたのは、ボッパーたちのリーダー「ラルフ」だけではありませんでした。ボッパー社会にはビッグ・ボッパー(リトル・マイク)という巨大な集合知性が存在し、彼は個々のボッパーの個性を統合し、一つの巨大な神のような意識になろうと企んでいました。ラルフたちは個を守るためにこれに抵抗しており、コブはその抗争に巻き込まれます。
コブの肉体は予定通り破壊され、脳の情報はボッパーのハードウェアにコピーされました。しかし、ここで重要な問いが突きつけられます。コピーされたソフトウェアとしてのコブは、以前のコブと同じ存在なのか。
新しく誕生したロボットのコブは、自分が以前の記憶を持っているものの、自分はただの精密な模倣品ではないかという根源的な不安を抱えたまま動き出します。
結末において、コブとステイ=ハイは、なんとか地球へと戻ります。地球に戻ったコブは、以前の72歳の老人の姿を精巧に模したボッパーのボディの中にいます。見た目は元の自分と変わりませんが、中身は完全に機械です。
コブはフロリダの自宅に戻り、再び元の生活を始めようとします。しかし、彼は自分が人間ではないことを知っています。彼は自分がかつて愛した風景を眺めながら、自分がソフトウェアに過ぎないという事実を受け入れつつ、偽りの人間としての生活を続けていくところで物語は終わります。




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