始めに
ゴールディング『通過儀礼』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ギリシア悲劇、ミルトンの影響
ゴールディングは、ギリシャ悲劇やミルトンなどの影響を受けました。神話的、宗教的象徴のモチーフ、寓話的ストーリー、悲劇的物語などにおいて、その影響が見えます。
R.M. バランタインはゴールディングを語る上で最も重要な負の影響です。19世紀の冒険小説『サンゴ礁の島』は、イギリスの少年たちが無人島で文明的に、かつキリスト教的な徳を持って生き抜く物語でした。ゴールディングは第二次世界大戦での経験から、この無垢な少年たちという楽観的な人間観に強い違和感を抱きました。『蠅の王』は、実質的に『サンゴ礁の島』に対するアンチテーゼとして書かれています。
ゴールディングは古典文学に非常に造詣が深く、特にギリシャ悲劇の逃れられない運命や人間の内なる狂気というテーマに強く影響を受けています。またゴールディングは自身の作品を「寓話」と呼ぶことを嫌う傾向もありましたが、聖書的な象徴主義は随所に散りばめられています。
船上のドラマ
この船は、当時のイギリス社会を凝縮した動く縮図です。特権階級の青年エドマンド=タルボット、絶対的な権力を持つアンダーソン船長、そして貧しい出自のコリー牧師。それぞれの立場が、狭い船内での振る舞いや悲劇の引き金となります。表面上は洗練された紳士的なルールがありながら、その裏側にある排他的で残酷な集団心理が描かれています。
タイトルの『通過儀礼』は、主人公タルボットの精神的な成長を指しています。当初、タルボットは自分の地位を鼻にかけ、世界を冷笑的に見ています。コリー牧師の凄惨な最期を目の当たりにし、自分がいかに無知で、他者の苦しみに無頓着であったかを突きつけられます。彼が航海日誌に真実を書き留めようとする過程そのものが、大人になるための通過儀礼なのです。
語りの構造
この物語は日記形式で進みますが、そこには語り手の偏見が混じっています。タルボットが書く日記と、コリー牧師が遺した手紙では、同じ出来事が全く違って見えます。
ゴールディング作品に共通する、文明の皮を剥いだ後の野蛮さがここでも顔を出します。コリー牧師の死因は肉体的な病ではなく、恥です。集団から屈辱を与えられ、自分自身の内なる欲望を突きつけられたとき、精神が崩壊してしまう過程は非常にショッキングに描かれています。船内の人々がどのようにして一人の人間を追い詰めていくか、という集団の悪意がテーマの一つです。
物語世界
あらすじ
主人公のエドマンド=タルボットは、有力者の後援を持つ鼻持ちならないエリート青年です。彼は植民地での出世を夢見て船に乗り込み、航海の様子をパトロンに報告するために日記を書き始めます。彼は船内の人々を観察対象として冷ややかに見下しており、自分が知的な優位に立っていると信じて疑いませんでした。
船内には、厳格で高圧的なアンダーソン船長と、場違いなほど敬虔で世俗に疎いコリー牧師が同乗していました。船長は宗教を嫌い、コリー牧師を徹底的に冷遇します。船員や他の乗客たちも、空気を読めないコリーを嘲笑の対象にし、彼は次第に精神的に追い詰められていきます。
ある夜、コリー牧師は船員たちの酒宴に加わり、泥酔してしまいます。そこで彼は、自身の聖職者としてのアイデンティティを崩壊させるような**「恥ずべき行為」(暗に同性愛的な接触が示唆されます)に及んでしまいます。
翌朝、正気に戻ったコリーは、自分の犯した過ちと周囲からの蔑みの視線に耐えられなくなり、自室に引きこもってしまいます。
コリーは病気でも怪我でもなく、ただ羞恥心によって自らの命を絶とうとします。食事を拒絶し、そのまま息を引き取ったのです。
タルボットは最初、この事態をどこか他人事のように見ていましたが、コリーが残した長い手紙を読み、衝撃を受けます。そこには、タルボットが見落としていた孤独な魂の苦悩と周囲の残酷な悪意が克明に記されていたのでした。




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