PR

ヨゼフ=ロート『ラデツキー行進曲』解説あらすじ

ヨーゼフ=ロート
記事内に広告が含まれています。

始めに

 ヨゼフ=ロート『ラデツキー行進曲』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ロートの作家性

 ロートはオーストリア=ハンガリー帝」への郷愁を抱えながら、亡命生活の中で筆を振るった作家です。ロートが最も愛し、自らを重ね合わせたのがハインリヒ=ハイネです。 二人ともユダヤ系ドイツ語作家であり、政治的な理由でパリへ亡命した共通点があります。ロートは、ハイネの持つ皮肉と叙情性、孤独を継承しました。
​ 

またロートはバルザックやフローベール、ドストエフスキーのような19世紀の古典的なリアリズムを重んじました。ロートはジャーナリストとして東欧を広く旅したため、ゴーゴリやチェーホフにも共感しました。
​ 

​同時代の作家であり、経済的・精神的支柱だったのがシュテファン=ツヴァイクです。二人は膨大な手紙をやり取りしました。

三代の年代記

​ 物語は、初代トロッタがソルフェリーノの戦いで皇帝フランツ=ヨゼフ1世の命を救い、ソルフェリーノの英雄として貴族に列せられるところから始まります。この偶然の英雄的行為が、一族にとっての誇りであると同時に、逃れられない重圧となります。二代目、三代目のトロッタは、初代が打ち立てた忠誠と名誉という高い理想に応えようともがき、そのギャップに苦しみます。


​ ​この小説の真の主人公は、多民族国家であったオーストリア=ハンガリー帝国そのものです。19世紀的な古い秩序が、近代化、ナショナリズムの台頭、そして第一次世界大戦によってゆっくりと崩壊していく過程が描かれます。​ロートは、かつて多くの民族を皇帝という一つの象徴で束ねていた帝国が、砂の城のように崩れていく様子を、深い哀愁を込めて描写しています。

帝国の終わり。タイトルの意味

 三代にわたる父子の関係は、そのまま帝国と臣民の関係のメタファーになっています。厳格な父と、軍人としての適性に欠ける息子(三代目のカール・ヨーゼフ)の間のディスコミュニケーション。​同時に、すべての国民の父としての皇帝フランツ=ヨゼフ1世の存在があります。皇帝が老い、衰えていく姿は、そのまま帝国の終焉を予感させます。

 ​物語の登場人物たちは、みな終わりの始まりの中にいます。価値観が激変する中で、古い道徳や騎士道精神を捨てきれない人々の孤独が描かれます。​ヨハン=シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」の陽気なメロディが、作中で繰り返されるたびに、現実の悲劇や衰退とのコントラストが際立ち、皮肉な響きを帯びていきます。

物語世界

あらすじ

 物語は1859年、ソルフェリーノの戦いから始まります。歩兵少尉ヨゼフ=トロッタは、双眼鏡で戦況を見ていた若き皇帝フランツ・ヨゼフ1世を、狙撃兵の弾から身を投げ出して救います。


  彼は男爵位を授かり、一躍英雄となります。しかし、息子(二代目)の教科書に「自ら剣を振るって皇帝を救った」という、事実を誇張した美談が載っているのを見て激怒します。彼は真実こそが軍人の名誉と考え、修正を求めますが聞き入れられず、軍を退役。息子には軍人にならず官僚になれと言い残し、質素な生活の中で死んでいきます。

 ​二代目フランツは、父の遺志を継ぎ、モラヴィア地方の郡守として、時計の針のように正確で厳格な人生を送ります。


 ​父の期待を受け、今度は軍人となった三代目カールですが、彼は繊細すぎて軍隊に向いていませんでした。彼は上官の妻であるカタリーナと不倫関係になりますが、彼女は病死。その後、親友である軍医デマントとも、些細な名誉の争いから始まった決闘で死に別れます。この決闘という古い名誉の形が、三代目の心を深く傷つけます。


 ​傷心のカールは、帝国の最果て、ロシア国境近くの湿地帯にある駐屯地へ転属を希望します。そこは帝国の終わりを予感させる退廃に満ちた場所でした。彼は伯爵ホイニツキーの邸宅で博賭に溺れ、多額の借金を作ります。


​  厳格だった父フランツは、息子の不祥事を知って衝撃を受けますが、一族の名誉を守るため、老いた皇帝に直接謁見して借金の肩代わりを願い出ます。皇帝は、かつて自分を救った男の息子を無下にできず、これを許します。


​ ​1914年、物語はクライマックスへ向かいます。連隊の創立記念パーティーの最中、皇太子暗殺の報が届きます。不謹慎にも喜びを口にする者、絶望する者。かつての団結は完全に失われ、帝国が多民族国家として維持できないことが露呈します。


​ 第一次世界大戦が勃発。三代目カール=ヨーゼフは、かつての祖父のような華々しい英雄的死を遂げることはありませんでした。喉を乾かした部下のために水を汲みに行こうとして、敵の銃弾に倒れるという、非常に地味で人間的な死を遂げます。


​ 1916年、皇帝フランツ=ヨゼフ1世が崩御。その葬儀の日、二代目のフランツもまた、役目を終えたかのように静かに息を引き取ります。トロッタ家は絶え、帝国もまた地図から消えていきました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました