始めに
ジョン=バンヴィル『コペルニクス博士』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
バンヴィルの作家性
ヘンリー=ジェイムズはバンヴィル自身が最も重要な影響と認めている作家です。意識の微細な動きを捉える緻密な散文や、道徳的な複雑さ、そして信頼できない語り手の手法においてジェイムズを継承しています。
バンヴィルは、アイルランドの作家はジョイスの陣営かベケットの陣営かに分かれるとし、自らをベケット派と位置づけています。ミニマリズム、言語への不信、そして人間の実存的な孤独や滑稽さを描く点に強い影響が見られます。
言葉の響きやイメージに対する執拗なこだわり、そして芸術のための芸術という耽美的な姿勢において、初期から中期にかけてナボコフに強い影響を受けました。
かつて『ダブリン市民』を読み、日常の風景が文学になり得ることに衝撃を受けたといいます。しかし、あまりに強大なジョイスの影響から逃れるために、あえてベケットやヨーロッパ大陸の文学をモデルにしました。アイルランドの象徴主義詩人であるイェイツからも、その格調高い言語表現や美学において深い影響を受けています。
ドイツの劇作家であるクライストの作品を複数アダプテーションしており、彼の不条理な世界観や言語の限界というテーマに深く共鳴しています。リルケ、ウォレス=スティーヴンズからも刺激されました。またカフカにも影響されました。
別名義のベンジャミン=ブラックとして執筆する犯罪小説においては、シムノンの「メグレ警視」シリーズなどの、簡潔ながら雰囲気豊かな描写に強い影響を受けています。チャンドラーのハードボイルドな文体と、孤独な探偵像の造形においてリスペクトを表明しています。
真理とはなにか
コペルニクスは、宇宙の完璧で美しい調和を数学的に証明しようと心血を注ぎます。しかし、彼が生きる現実世界は、戦争、疫病、教会政治、そしてドロドロとした人間関係に満ちた混沌そのものです。崇高な知性と、肉体を持つ人間としての卑俗な現実との間の埋めがたい溝があります。
数学的理論や言葉は、果たして世界のありのままを捉えることができるのかという問いが描かれます。コペルニクスは、自分の理論が真理そのものなのか、それとも単に現象を説明するための便利なフィクションに過ぎないのかという疑念に苦しみます。
真理を追い求める代償として、コペルニクスは他者との繋がりを絶ち、冷徹で孤高な存在になっていきます。彼は周囲の人々を自分の目的のための道具や背景としてしか見ることができず、その結果、深い精神的孤独に陥ります。
天動説から地動説へというパラダイムシフトは、単なる天文学の発見ではなく、人間が世界の中心ではないことを突きつける、人類にとっての残酷な認識の変容として描かれています。バンヴィルはこの物語を、客観的な歴史事実としてではなく、コペルニクスの内面的な意識の変遷として描いています。特に、彼が死の床で自分の人生と発見を振り返るシーンは、非常に詩的で信頼できない語り手としてのバンヴィルの本領が発揮されています。
物語世界
あらすじ
物語はニコラスの少年時代から始まります。彼は幼い頃から、周囲の汚らわしい現実に嫌悪感を抱き、その背後にあるはずの完璧な秩序を追い求めます。奔放で、のちに性病に侵され没落していく兄アンドレアスは、冷徹なニコラスの影として描かれ、彼を終生苦しめます。
イタリア留学を経て、彼は天文学の矛盾に気づき、地球が動いているという確信を得始めます。
司教座聖堂参事会員として、行政や外交、医療といった世俗の雑務に追われる日々。しかし、彼の心は常に夜空の数学的計算にあります。彼は宇宙の調和を証明しようとしますが、計算すればするほど現実は複雑で、理論は美しさから遠ざかっていきます。この時期の彼は、愛人の家政婦のアンナや家族に対しても極めて冷淡で、真理のためなら人間などどうでもいいという孤高の、傲慢な精神状態に陥ります。
晩年、沈黙を守り続けるコペルニクスの元に、熱狂的な若き数学者レティクスがやってきます。レティクスは、コペルニクスが長年隠し持っていた画期的な理論『天体の回転について』を世に出すよう説得します。ここで、科学の進歩を望む若者と自分の理論が完璧でないことを恐れる老学者の間の激しい葛藤が描かれます。
コペルニクスは死の床で、ついに完成した自著の初校を手にします。しかし、そこで彼が至った結論は、あまりにも皮肉なものでした。
彼は、自分の打ち立てた理論もまた、世界の真実そのものではなく、人間が理解するために作り上げた精巧なフィクションに過ぎないのではないか、という深い絶望と疑念に襲われます。最後には、彼が切り捨ててきた生身の人間たちの幻影に苛まれながら、孤独な最期を迎えます。




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