始めに
ジュリアン=バーンズ『フロベールの鸚鵡』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
バーンズの作家性
『フローベールの鸚鵡』でも明らかなように、バーンズにとってフローベールは小説家としての理想です。言語に対する妥協のない厳格さ、芸術至上主義、客観的な文体、皮肉を継承します。
バーンズは、F.M.フォードの『良き兵士』を称賛しています。信頼できない語り手の手法を継承し、記憶の曖昧さなどを描きます。ナボコフからは言語的遊戯を継承します。バーンズはオーウェルのエッセイストとしての側面から刺激を受けました。他にモーリアック、ドーデーなどからの影響があります。
鸚鵡とは
主人公ジェフリー=ブレイスウェイトは、フローベールが『素朴な心』を書く際に机に置いていた本物の剥製の鸚鵡を探し求めます。しかし、彼が目にするのは複数の「本物」を自称する鸚鵡です。
過去の事実は、残された遺物や日記、手紙といった断片からしか推測できません。どれほど資料を集めても、その人物の本質に到達することはできず、結局は書き手の主観による再構築に過ぎないという皮肉が込められています。
フローベールは作家は作品の背後に隠れるべきだという芸術至上主義を掲げましたが、皮肉にも後世の私たちは彼の私生活に強く惹かれます。主人公はフローベールの人生を精査することで、自分自身の抱える空虚さや問題、特に亡き妻エレンへの複雑な感情から目を逸らそうとします。
鸚鵡は言葉を模倣するだけで、意味を理解しているわけではありません。これは、言葉が真実を伝えようとしても、結局は記号の反復に過ぎないのではないか、という言語への不信感を象徴しています。
物語の裏側に流れているのは、主人公の妻エレンの死にまつわる謎と悲しみです。鸚鵡が喋らない、あるいは他人の言葉を繰り返すだけなのと同様に、亡くなった妻もまた、彼女自身の真実を語ることはありません。フローベールへの執着は、妻の不倫や自殺という直視しがたい苦痛からの逃避であり、同時にそれらを理解するための遠回りな手段でもあります。
物語世界
あらすじ
物語の主人公は、フランスの文豪ギュスターヴ=フローベールを崇拝する引退したイギリス人医師、ジェフリー=ブライスウェイトです。
彼はフローベールの足跡を辿ってフランスのルアンを訪れますが、そこで奇妙な問題に直面します。フローベールの短編『純な心』に登場する鸚鵡のモデルとされる剥製の鸚鵡が、2つの異なる博物館に存在し、どちらもこれこそが本物だと主張しているのです。
真実の鸚鵡はどちらなのかという小さな疑問から、ブライスウェイトの奇妙な探索が始まります。
物語は、ブライスウェイトがフローベールの生涯や書簡を検証していく形で進みますが、その構成は非常にパズルめいています。フローベールの愛人の視点から書かれた章や、フローベールを非難する批評家への反論、さらには「フローベール検定」のような形式まで登場します。調べれば調べるほど、フローベールという人間の真の姿は掴みどころがなくなり、歴史や伝記がいかに不確かなものであるかが浮き彫りになっていきます。
ブライスウェイトは、亡くなった妻エレンの不貞と、彼女の死という個人的な悲劇から目を逸らすために、フローベールの人生という迷宮に逃げ込んでいたのでした。他人の人生(フローベール)を細かく分析することで、自分自身の癒えない傷や、理解できない妻の心の真実に触れることを避けようとしていました。




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