始めに
イヴリン=ウォー『ブライズヘッド再訪』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ウォーの作家性
ウォーの初期の作風に最も技術的な影響を与えたのは、世紀末デカダンスの流れを汲むロナルド=ファーバンクです。断片的な対話の構成や、ミニマリズムに影響しました。またウォーはP.G.ウッドハウスを師匠と呼び、その完璧な英語の文章を崇拝していました。
H. ベロックとG.K. チェスタトンは、ウォーが1930年にカトリックに改宗する精神的な支柱となりました。ブルジョワ社会への懐疑、保守主義を継承しました。特にベロックの好戦的なカトリシズムと、文明の衰退に対する歴史観から示唆を受けています。
また詩人エリオットが『荒地』で描いた「荒地」のイメージは、戦間期の混乱を生きるウォーの世代に共通の背景を与えました。代表作『一握の塵(A Handful of Dust)』のタイトルは、エリオットの『荒地』の一節から取られます。
ほかにサッカレーも、ウォーの諷刺家としての視点に影響を与えています。上流階級や中産階級の虚飾を剥ぎ取る社会諷刺の姿勢を受け継ぎます。
カトリックと保守主義
物語の核心は、カトリック信仰が人々の人生にどう干渉するかという点にあります。「糸の引き」は作中で引用されるチェスタトンの言葉で、どんなに神から遠ざかり、罪にふけったとしても、神は目に見えない糸を引いて人間を自分のもとへ引き戻すという概念です。アルコール依存症になるセバスチャン、不倫に走るジュリア、そして無神論者だった主人公チャールズまでもが、最終的には信仰という抗えない力の影響下に置かれます。
第一次世界大戦後から第二次世界大戦へと向かう、イギリス貴族社会の終焉が美しくも悲劇的に描かれています。チャールズとセバスチャンがオックスフォードで過ごした若き日は、永遠に続くかのような楽園として描かれます。現代の軍隊生活との対比により、かつての華やかで精神性の高かった時代が二度と戻らないことが強調されます。
ブライズヘッド邸という巨大な屋敷そのものが、イギリスの伝統と階級社会の象徴です。他方でチャールズが軽蔑する部下フーパーは、伝統や情緒を理解しない実利的な新しい大衆の象徴です。古い貴族文化が消え去り、味気ない近代化が進むことへのウォーの批評的な視点が含まれています。
チャールズが経験する二つの愛は、彼を精神的な高みへと導く階段のような役割を果たしています。セバスチャンへの愛は若さ、美、そしてエステティシズム(審美主義)への愛です。ジュリアへの愛は異性への愛でありながら、彼女の背後にあるカトリックの伝統や神を意識させるものです。
最終的にチャールズが礼拝堂で祈りを捧げる場面は、世俗的な人間関係を超えた神との対話に到達したことを示唆しています。
物語世界
あらすじ
物語は、第二次世界大戦中の現在から、かつての青春時代を振り返る回想形式で進みます。
中年になり、軍隊の士官となったチャールズ=ライダーは、部隊の移動先で偶然、かつて自分が深く関わった侯爵家の邸宅ブライズヘッドに辿り着きます。荒れ果てた屋敷を前に、彼の脳裏に20年前の記憶が鮮やかに蘇ります。
1920年代、オックスフォード大学に入学したチャールズは、風変わりで魅力的な貴族の青年セバスチャン=フライトと出会います。チャールズはセバスチャンに導かれ、テディベアを抱えて歩き、ワインと詩を愛でる退廃的で美しい世界にのめり込みます。
チャールズはセバスチャンの実家である壮麗なブライズヘッド邸を訪れ、彼の家族である厳格なカトリック教徒の母、愛人と出奔した父などと知り合います。
しかし、家族や信仰の重圧に耐えかねたセバスチャンは、次第に激しいアルコール依存症に陥り、チャールズの前から姿を消してしまいます。
10年以上の歳月が流れ、チャールズは建築画家として成功し、結婚もしていましたが、その生活に空虚さを感じていました。
大西洋を渡る豪華客船の中で、チャールズはセバスチャンの姉ジュリアと再会します。二人は激しい恋に落ち、それぞれ離婚して再婚することを決意します。
二人はブライズヘッド邸で共に暮らし始めますが、常にカトリックの罪の意識がジュリアの心に影を落としていました。
セバスチャンの父、マーチメイン侯爵は無神論者として生きてきたものの、死の直前に司祭の祝福を受け入れ、十字を切って神のもとへ戻ります。この光景を目の当たりにしたジュリアは、神の恩寵を確信し、罪深い愛であるチャールズとの関係を断ち切ることを決意し、二人は別れを選びます。
再び物語は戦時中の「現在」に戻ります。かつての恋も、友人との日々も、屋敷の栄華もすべて失われました。しかし、チャールズは屋敷の小さな礼拝堂に灯る赤いランプ(信仰の灯火)を見つめます。
すべてが消え去った後に残った信仰という希望を見出し、物語は幕を閉じます。




コメント