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千葉雅也『エレクトリック』解説あらすじ

千葉雅也
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はじめに

 千葉雅也『エレクトリック』解説あらすじを書いていきます。

 

語りの構造

思想家、哲学者として

 千葉雅也氏は、小説家ですが、まず思想家、哲学者です。

 学生時代から大陸哲学、フランス現代思想を研究し、東京大学修士論文、パリ第10大学Master2論文、東京大学博士論文においてドゥルーズの哲学を中心にしています。
 東京大学教養学部超域文化科学科、同大学院総合文化研究科修士課程では中島隆博、博士課程で小林康夫に師事しています。

 傾向として、ドゥルーズの思想からの影響が物語に於いて顕著なので、ドゥルーズの思想を概説します。

ドゥルーズの差異と『アンチ・オイディプス』

 ドゥルーズはポスト構造主義を代表するフランス現代思想の哲学者です。「差異」や精神分析を中心とする思想で知られます。

 ドゥルーズにとって「差異」とは、同一性に従属する区別や対立ではなく、むしろ同一性そのものを生み出す根源的な運動です。彼は『差異と反復』において、西洋形而上学が同一性を前提として差異を派生的なものとして扱ってきたことを批判し、同一性よりも差異を先に置く差異の存在論を構築します。

 ここで差異とは、AとBのあいだの違いではなく、AやBといった個体を成立させる以前の生成的プロセス、世界を構成する運動的なズレそのものです。したがって存在とは固定的な実体ではなく、絶えず差異化しつづける生成そのものとして理解されます。反復もまた、同じものの再現ではなく、差異を生み出す運動として肯定的に捉えられます。

 このようにドゥルーズにおける差異は、存在を静的な同一性ではなく、常に新たな差異を生成し続ける動的なプロセスとして捉える思想の根幹をなしています。

 またガタリとの共著『アンチ・オイディプス』では、フロイト的精神分析が欲望を家族的抑圧的枠組みに閉じ込めてきたことを批判し、欲望を生産的で社会的な力として再定義します。ドゥルーズとガタリは、無意識を「象徴的秩序」ではなく「欲望機械の連鎖」として捉え、主体を家族や国家の単位から解放しようとしたのでした。

 資本主義は一方で差異を解放しながら他方で統制する体制であり、分裂症者はその矛盾の極限に立つ存在として、社会の外で新たな創造的接続の可能性を体現します。

 物語はこのような「差異」のなかでの成長を描き、アンチエディプスコンプレックス的なドラマにもなっています。

タイトルの意味

 タイトルの意味ですが、アンプやインターネット、エヴァ、オウムなど1995年の文化を象徴するものになっていて、その近未来的な予想や時代の混乱を体現するようなものになっています。

 また、先のドゥルーズも、思想におけるモデルにおいて電気のメタファーを用いました。ドゥルーズにとって「電気」は、差異・生成・流れ・接続といった哲学的契機を可視化する比喩です。差異を固定的な対立としてではなく、電位差のように強度的な緊張として捉え、生成や変化を生み出す潜勢力のモデルとしたのでした。これはシモンドンの個体化理論における電気的位相転換の思想に連なり、前個体的場のエネルギー的差異を哲学的に継承しています。

 なので、このように青春と生のダイナミクスと、オンタイムの時代の狂騒を象徴するタイトルです。

差異の青春

 物語で舞台になる1995年は、阪神神戸大震災、オウム真理教による一連の事件、そしてエヴァの放送開始があった年です。主人公で高校2年生を迎えた達也は、「雷都」とも呼ばれる宇都宮で日々を過ごしています。

 達也はゲイサイトを発見し、チャットルームを覗きます。ハッテン場なる場所があると知り、達也は現場を確かめに行こうとするのです。また達也は未知なる東京に想像を膨らませます。

 達也の父の旧友野村は根っからのエンジニアタイプで、父のアンプ製作を手伝っていたものの、失踪し、ふと現れたかと思ったらアンプをそのまま持ち去ります。けれどもなぜか、その後アンプが戻っていたという事件が起こります。

 全体的に物語のなかで様々な伏線や達也の対象への期待が描かれるものの、それは明確な答えとして読者や達也に提示されません。

オウムとエヴァの世紀末

 オウムとエヴァという1995年を代表するモチーフにも、それそれ象徴的意味合いがあります。

 オウムは、ドロップアウトしたエリートが多く合流しましたが、つまるところそれは世界を固定的な実在としてその真理を把握しようとする欲望と、差異のなかでの同一性の生成を受け入れられないところから引き起こされたともいえます。答えの得がたいもの、得られないもの、存在しないものについて真理の獲得を志向し、それを実現しようとした若者たちによって事件は引き起こされてしまったともいえます。

 エヴァンゲリオンは、本作同様に物語のなかで多くの謎が提示されるものの、その多くの伏線が回収されず、解釈に委ねられている物語です。他方で、陰謀によって世界が突き動かされているという点では、本作と相違するかもしれません。

 本作『エレクトリック』は、オウム的な普遍的な真理を追求することで成長、自己実現することを拒みつつ、存在を静的な同一性ではなく常に新たな差異を生成し続ける動的なプロセスとして捉えることのなかに自己実現を図っていく達也の成長を描く物語と言えます。

 達也の周りの出来事は、多くは伏線のまま残されます。世界の側が達也や読者の期待や予想に応えることはありません。そのようななかでの生を描こうとするという点で、少しロブグリエ『嫉妬』を連想させます。

物語世界

あらすじ

 1995年は、阪神神戸大震災、オウム真理教による一連の事件、そしてエヴァの放送開始があった年です。高校2年生を迎えた達也は、「雷都」とも呼ばれる宇都宮で日々を過ごします。

 家にあるスタジオは、父の仕事場を兼ねています。父はフリーカメラマンを経て、広告代理店となっていました。オーディオ好きで、取引先の山月屋の岡社長のために、アンプを補修する作業に取り組んでいます。

 高校で達也は、Kと親しくします。達矢には同性愛への関心も芽生え、クラスメイトが男同士でフェラチオの真似をしていたのが脳裏に焼き付きます。

 達也はゲイサイトを発見し、チャットルームを覗きます。ハッテン場なる場所があると知り、達也は現場を確かめに行こうとするのです。達也は未知なる東京に想像を膨らませます。

 父の旧友野村は根っからのエンジニアタイプで、アンプ製作を手伝っていました。しかし失踪し、ふと現れたかと思ったらアンプをそのまま持ち去ります。

 岡社長へ引き渡す約束の日、事務所を訪れると、なぜかそのアンプがあったのでした。

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