始めに
ビュトール『心変わり』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ビュトールの作家性
ビュトールは、ヌーヴォーロマンの代表的作家として知られています。モダニズムの作家から大きな影響を受けました。
記憶と時間の重なり、そして「意識の流れ」を記述する手法において、ビュトールの最大の指標の一つでした。特に『心変わり』における時間の緻密な構成は、プルースト的な探求の現代版とも言えます。
ジョイス『ユリシーズ』に見られるような、神話的構造と日常を重ね合わせる手法や、言語そのものを実験場とする姿勢にも強く影響を受けています。またフォークナーの意識の流れ、非線形の語りからも影響があります。
他にもマラルメの形式主義、ボードレールの象徴主義、バシュラールの詩学、ヴェルヌの幻想文学から影響されました。
意識の流れ
この小説の最大の軸は、パリ(現実)とローマ(理想)という二つの都市の対比です。パリは主人公レオ=デルモンにとって、退屈な仕事と義務的な家庭の象徴です。ローマは愛人セシルが待つ場所であり、彼にとっては自由や自分を更新できる場所という神話的な理想郷でした。
彼はローマへ向かう列車の中で、自分はローマにいる時の自分の方が真実だと思い込もうとしますが、移動するにつれて、そのローマの自分さえもパリの退屈から逃れるための幻想に過ぎないことに気づかされます。
物語は、パリからローマへ向かう21時間余りの列車の旅、その現在の時間だけで進行します。しかし、車中での思考は時間を激しく往復します。過去についてはこれまでのローマへの旅、セシルとの思い出、妻アンリエットとの冷え切った関係。未来についてはローマに着いてからの計画、セシルをパリに連れてきた後の生活。現実においては同じコンパートメントに乗り合わせた乗客たちの観察。これらが複雑に積み重なることで、人間は記憶と予感の重なりのなかに存在しているというテーマが浮かび上がります。
語りの構造とタイトル
本作は、全編が「あなた」という二人称で書かれています。
主人公が自分自身を客観的に見つめ、問い詰め、裁くような構造になっています。 読者もまた、主人公の意識の中に放り込まれ、彼と一緒に「心変わり」のプロセスを強制的に体験させられます。
主人公は当初、セシルをパリに連れてくれば幸せになれると信じていました。しかし、旅の終盤で彼は悟ります。セシルを愛していたのではなく、セシルを介して見えていたローマという神話を愛していただけだった、と。
彼がローマに着いてセシルに会わずに帰る決意をするのは、裏切りではなく、幻想を捨てて、ありのままの現実に向き合うという修正です。
物語世界
あらすじ
主人公のレオン=デルモンは、パリにあるイタリアのタイプライター会社の支店長です。彼は妻アンリエットとの冷え切った生活に疲れ、ローマに住む愛人セシルを深く愛しています。
物語は、レオンが妻には「出張だ」と嘘をつき、セシルには内緒でローマ行きの三等列車に乗り込むところから始まります。 セシルに「パリでの仕事を見つけた」と伝え、彼女をパリに呼び寄せて一緒に暮らす決意を伝えようとします。
列車がパリを出発し、イタリアへと向かう道中、レオンは狭いコンパートメントの中で、周囲の乗客を観察したり、過去の記憶に浸ったりします。 妻アンリエットとの幸福だった初期の生活、そして今の険悪な関係。一方で、セシルとローマで過ごした輝かしい時間の断片。
しかし、時間が経つにつれ、彼はある残酷な事実に気づき始めます。自分が愛しているのはセシルという女性そのものというより、ローマという街の中にいるセシルであり、彼女をパリに連れてくることは、その魔法を解いてしまうことではないか、という予感です。
ローマに近づくにつれ、レオンの決意は揺らぎ、タイトル通り「心変わり」が起こります。彼は、セシルをパリに呼んでも結局は妻との二の舞に、倦怠と日常の崩壊に繋がることになるだけだと悟ります。そして、自分が本当に求めていたのは、愛人との生活ではなく、ローマという場所が与えてくれる精神的な自由であったことを理解します。
列車がローマ駅に到着したとき、彼はセシルに会いに行くのをやめます。彼はこの旅の経験を「本」として書くことを決意し、独りパリへ戻る準備をしながら物語は終わります。




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