始めに
井上靖『あすなろ物語』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
モダニズム、中間小説
井上靖はシャルルルイ=フィリップ、芥川、谷崎、ヴァレリーなどから影響が大きく、その象徴主義やモダニズム的な形式主義的実験や端正なスタイルを継承しました。
作品には古典的な内容に題材をとるものや時事的な内容を扱うものまでバラエティー豊かです。古典的な題材のものには谷崎や芥川も試みた中国を題材にするものも多いです。モダニズムらしく、視覚的な、さながら映画的なイメージに訴えかけてくる演出の作品も多いのも特徴です。
1907年5月6日北海道上川郡旭川町に軍医・井上隼雄と八重の長男として生まれ、井上家は静岡県伊豆湯ヶ島で代々続く医家でした。父・隼雄は現在の伊豆市門野原の旧家出身であり井上家の婿でしたが転勤が多かったため、幼少期は家族と離れ、戸籍上の祖母と伊豆湯ケ島で暮らしました。これは自伝的作品の背景です。
自伝的作品
『しろばんば』『夏草冬濤』『北の海』とともに、自伝的な部類に属する作品です。
第一編「深い深い雪の中で」は小学校時代で、時期的に『しろばんば』と重なり、第二編「寒月がかかれば」は『夏草冬濤』の中学校時代と重なります。『北の海』は高等学校受験浪人のころで、第三編「漲ろう水の面より」の九州帝大時代の前です。
タイトルの意味
少年の梶鮎太が祖母おりょうと暮らす土蔵に、美しい年上の女性・冴子がやってくるところから始まります。鮎太は冴子の大人びた魅力に惹かれ、初めての淡い恋心をもちます。冴子から明日は檜になろうと一生懸命考えているけれど、永久に檜にはなれない木である「あすなろ」の話を聞かされた鮎太は、心を揺さぶられます。これが作品の中心的モチーフでタイトルの所以です。
このイメージを通じて、主人公の成長が描かれます。
最初はネガティブなイメージですが、最終的には戦後の日本において、闇市でたくましく生きる人々の姿は「明日」への希望を灯していて、今やみんなあすなろで、未来へと懸命に生きているのだと、それがポジティブなニュアンスに繋がります。
物語世界
あらすじ
「深い深い雪の中で」
梶鮎太(が祖母りょうと土蔵で過ごした小学校時代。静岡県天城山麓の静かな村で、少年の梶鮎太が祖母おりょうと暮らす土蔵に、美しい年上の女性・冴子がやってくるところから始まります。
鮎太は冴子の大人びた魅力に惹かれ、初めての淡い恋心をもちます。冴子から明日は檜になろうと一生懸命考えているけれど、永久に檜にはなれない木である「あすなろ」の話を聞かされた鮎太は、心を揺さぶられます。
しかし、冴子と彼女の恋人である加島が雪深い天城山中で心中するという悲劇が起こり、鮎太は衝撃を受けるのでした。
「寒月がかかれば」
数年後、旧制中学校に進学した鮎太は、身体を鍛えるため静岡県沼津の渓林寺に下宿します。そこで彼は、男勝りで快活な寺の娘・雪枝と出会います。雪枝は秀才の鮎太に厳しくも愛情を持って接し、いじめからも救い、鮎太に心身を鍛えることや他者との絆の大切さを教えます。
「漲ろう水の面より」
旧制高校から九州帝国大学へと進学した鮎太は、そこで亡き夫の財産で華やかな生活を送る年上の未亡人・佐分利信子と出会います。鮎太は信子の妖艶な美しさに魅了され、彼女に熱烈な恋心を抱きます。
信子の屋敷は学生たちの社交場となり、彼女は皆に「誰が檜で、誰があすなろか」と問いかけます。しかし、信子は鮎太に対し「あなたは翌檜でさえもない」と言い、鮎太は二度目の失恋を経験します。
「春の狐火」
第二次世界大戦の混乱期、新聞記者となった鮎太は、同僚・杉村春三郎の妹・清香との縁談を持ちかけられますが、信子への未練から煮え切らない態度をとります。
その後、春三郎の転勤先で狐火が出るという話を聞いた鮎太は、興味を抱いて岡山へ向かいます。夜の山中で鮎太が目にしたのは、狐火の中で佇む清香の姿でした。鮎太は清香と一夜を共にし、信子の幻影を消し去ります。
「勝敗」
鮎太が好敵手と熾烈な取材合戦を繰り広げる脂ののった記者時代の話です。
佐山町介は鮎太のライバルL新聞社の敏腕記者で、以前鮎太が見知った女性と縁のあることがのちに分かります。
鮎太と佐山は、互いにスクープを巡って激しく争いながらも、その実力と人間性を認め合う好敵手でした。佐山が病で倒れ、鮎太に助けを求めたり、友情を結びます。
「星の植民地」
終戦を迎え、焦土と化した東京。
闇市で出会う熊さん夫妻や、オシゲという少女との関係が描かれます。
しかしそんななかでも、鮎太が見上げた東京の夜空に広がる無数の星々と、闇市でたくましく生きる人々の姿は、「明日」への希望を灯します。空襲で消えた街の灯りの代わりに、美しい星空が広がっていたのでした。今や、みんなあすなろで、未来へと懸命に生きているのでした。




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