始めに
小島信夫「アメリカン=スクール」解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
小島信夫の作家性
小島信夫はゴーゴリ、スウィフト、サッカレー、ドストエフスキー、カフカ、サローヤンなどから影響を受けました。
スウィフトのバロックな風刺性から刺激を受けました。ゴーゴリやサッカレー、ドストエフスキーの写実的風刺性にも影響を受けました。サローヤンの喜劇性も継承しています。カフカ、ゴーゴリ、ドストエフスキーの幻想的な要素や心理劇からも影響があります。
喜劇性。アメリカの影
敗戦直後の昭和23年、日本が戦勝国のアメリカ率いる進駐軍に統治されていた占領時代が舞台です。新しい日本を築くために英語教育が大事になり、役所に集められた日本の中学校の英語教師たちが米軍基地近くのアメリカの学校を見学することになり、これが作品の状況設定です。
アメリカ人の学校のため、生徒も先生も英語が流暢なのに、日本人の英語教師は読み書きの能力があっても、話すことはほとんどできないのでした。伊佐のようにそもそも自信がなくてしゃべれない者もいますが、山田も語学に自信があっても、結局アメリカ人のようには英語を話すことができません。
そんなアメリカ人の偽物にすぎない英語教師たちの間での見栄や失敗を風刺的にコミカルに描きます。
戦後、アメリカナイズされていく日本文化でしたが、結局それが上っ面だけの鹿鳴館のような模倣で表象的に過ぎないという、世相を象徴する内容ともいえます。
物語世界
あらすじ
敗戦直後の昭和23年、日本が戦勝国のアメリカ率いる進駐軍に統治されていた占領時代が舞台です。
新しい日本を築くために英語教育が大事になり、役所に集められた日本の中学校の英語教師たちが米軍基地近くのアメリカの学校を見学します。役所の入り口で長時間待機させられたあと、先生集団はトラックやジープが走行する6キロメートルにも及ぶ軍用道路を歩くことになるものの、清潔な服装で身なりを整えるようにという役所の指示のせいで慣れない革靴を履いていた伊佐は靴擦れをおこして動けなくなり、半強制的に英語を話すことになります。
伊佐は自分の英語力に絶望しており、絶対に英語をしゃべらないと決め込んでいますが、山田のように先生の集団の中にも英語に自信のある教師もいました。山田は自分たちにも模擬授業をさせてもらえないかと頼みます。伊佐と、英語が得意だと称している先生が模擬授業を行ったらどうかと提案されます。
しかしアメリカ人の学校のため、生徒も先生も英語が流暢なのに、日本人の英語教師は読み書きの能力があっても、話すことはほとんどできないのでした。




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