始めに
菊池寛『藤十郎の恋』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
新思潮派
菊池寛は、新思潮で活躍した新思潮派の作家です。新思潮は1907年小山内薫が創刊したもののし、その後帝大生により復活され、東京大学系の同人誌として継承されます。そして第3次第4次新思潮の同人菊池寛、芥川龍之介、久米正雄、松岡譲らを新思潮派といいます。
一貫した理念がグループに共有されていたわけではないものの、ワイルド、ショー、シングなどのイギリスやアイルランドの演劇はこのグループに広く共有されました。
菊池寛の作品も、ワイルドやショーにも見える逆説やシニズムを特徴とします。
モデル
本作は元禄期の上方の俳優初代坂田籐十郎が、演技のために茶屋のおかみに恋をしかけたという逸話を下敷きにしています。
安永のころに出版された「役者論語」にこのエピソードが現れ、菊池寛はこれに触発されて本作をものしています。
坂田藤十郎が芸のためにかりそめの恋をして、女を自殺させるプロットは、芸術至上主義の影響が垣間見えますが、これは菊池寛の芸術観を伝えるものではないでしょう。
芸術至上主義と内容的価値論争
新思潮派は、芸術至上主義からの影響が顕著で、これは、芸術のための芸術を志向するムーブメントで、ゴーティエなどに代表されます。世俗の特定の価値観や効用に価値を還元される芸術でなく、芸術のための芸術を目指しました。
そうした思想から触発され、芥川や菊池寛は独自の美学を形成していきました。
他方で菊池寛は、内容的価値論争(里見弴との間に展開された、芸術の価値はその内容にあるか表現や形式にあるかをめぐる論争)に代表されるように、作家の実生活や人生、モラルと連続的なものとして散文芸術を捉えていた菊池寛でした。
内容的価値論争は、もともと小説メディアにとって固有の価値とは何かを探求する文脈で起こった論争です。菊池寛はそこで、小説の価値を題材などによる内容的価値と、形式による芸術的価値とに分け、そして題材自体に人生的価値とでもいうべき内容的価値があると見ました。菊池は、芸術的価値を表現技術とし、理想的な作品とは内容的価値と芸術的価値とを共有した作品であり、ある作品が人生に重大な価値があるかどうかは主にその内容的価値によって決定されると主張して、芸術は実人生と密接に交渉すべきだとしました。絵画彫刻などは純芸術であるから交渉の仕方も限られている一方で文芸は題材として、人生を直接に取り扱い得るから人生と交渉でき、それが散文の特権なのだとみました。他方で、里見弴は、こうした二元論による内容的価値の称揚は散文に固有の価値をうまく捉えられていないとみなし、またこうした二元論的モデルの不合理を非難しました。
こういうところを踏まえると、「芸術のためならパワハラなどもゆるされる」のような、本作の藤十郎の姿勢にもみられる芸術とモラルを切り離すような立場は、菊池寛は採用するところではないでしょう。
物語世界
あらすじ
元禄十一年春、京都四条河原の都万太夫座の一代の名優坂田藤十郎と、布袋屋梅之丞座に江戸より初上りの中村七三郎とが競演で人気を争っています。
藤十郎は七三郎の初日の舞台を見て、七三郎の芸と気魄に圧倒されます。四条の料亭「宗清」の女房お梶は、評判の高い貞淑な美人で、かつえ連れ舞を踊った幼馴染の藤十郎に恋していました。一方藤十郎は、新作狂言も七三郎の新奇な趣向に圧倒され、不入りになります。
その後、大阪から近松門左衛門を招いて、新しい芝居の脚本を依頼します。近松の書いた「大経師昔暦」は、大経師女房おさんと手代茂兵衛が密通の挙句処刑された物語です。藤十郎はこの初日を前に、人妻に恋を囁く演技の習得に苦心します。
初日の前夜、藤十郎は彼の部屋に入って来たお梶を見て、突然熱烈な恋慕の情を打明けます。お梶も、やがて藤十郎にすべてを与えようとします。それから藤十郎は、そのままお梶を置いて去ります。
初日、藤十郎の演技は観客の絶賛されます。藤十郎の芸のための偽りの告白を悟ったお梶は、楽屋で自害します。その死顔を見た藤十郎は、すべての感情を胸にしまい、再び舞台へ出ていきます。
参考文献
・松本 清張 (著)『形影: 菊池寛と佐佐木茂索』




コメント