始めに
フレデリック・ポール『マン=プラス』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
フレデリック・ポールの作家性
ポール自身が世界で最も好きな作家として公言していたのがトウェインです。トウェインの社会風刺、ユーモア、そして鋭い人間観察のスタイルは、ポールの代表作『商人と宇宙(The Space Merchants)』(C・M・コーンブルースとの共著)などの社会派SFや風刺的な作風に色濃く反映されています。
SFの父の一人であるウェルズは、ポールが少年時代にSFに目覚める大きなきっかけとなりました。ポールはウェルズの社会的なアイディアを物語に組み込む手法を高く評価しており、単なる科学技術の予測ではない社会の変容を描くポールの姿勢はウェルズの影響を強く受けています。
パートナーに近い存在ですが、若き日のポールが属したファン団体フューチュリアンズの仲間であり、最も頻繁に共同執筆を行った作家がコーンブルースです。コーンブルースの毒のある皮肉や鋭い知性は、ポールの編集感覚や執筆スタイルを研ぎ澄ませる大きな要因となりました。
アシモフは同じくフューチュリアンズのメンバーであり、生涯の友人でした。ポールは作家としてだけでなく、エージェントとしてアシモフの初期作品を売り込むなど密接に関わっており、互いに切磋琢磨する中で科学的整合性や論理的なストーリーテリングの面で影響を与え合いました。
多くの同世代作家と同様、幼少期にバローズ『火星のプリンセス』などを読み、冒険への想像力を掻き立てられました。また若い頃にラヴクラフトのサークルとも交流があり、初期の幻想的な作風に影響を与えたと言われています。ポールはオーウェルの宣伝用ではないイギリス生活を描いた小説を好んでおり、リアリズムの面で参考にしていたと述べています。
人間とは
テーマは人間を人間たらしめているものは何かという問いです。主人公ロジャー・トラウェイは、火星の過酷な環境で生き抜くために、視覚、聴覚、皮膚、そして呼吸器系に至るまで、文字通り全身を機械や人工組織に置き換えられます。外見が怪物のように変わり、感覚がデジタル化される中で、ロジャーは自分の心までが変質していく恐怖に直面します。脳に埋め込まれたコンピュータが思考を補助し始めたとき、彼はまだ人間と呼べるのかという、ポスト・ヒューマニズムの先駆け的な議論が展開されます。
ロジャーの肉体改造は、個人の意志というよりも、冷戦下における国家の威信と政治的必要性のために強行されます。ロジャーは一人の英雄ではなく、国家プロジェクトという巨大な歯車の一部、あるいは高価な備品として扱われます。目的を達成するためなら、個人の尊厳や家族関係さえも平気で犠牲にする組織の冷徹さが描かれています。
適応。決定論
環境を人間に合わせるのではなく、人間を環境に合わせるという逆転の発想がテーマになっています。火星に適応すればするほど、ロジャーは地球という故郷や、そこに住む普通の人間から遠ざかっていきます。適応の成功は、同時に人類からの永久的な追放を意味するというパラドックスが描かれています。
物語はある視点から語られていますが、そこには高度に発達したネットワークやコンピュータが、人類の運命をどのように見ているかという視点が含まれています。人間が自らの意志で火星を目指しているつもりでも、実はより上位の論理的システムによって誘導されているのではないか、という決定論的な恐怖と皮肉が込められています。
物語世界
あらすじ
近未来、地球は人口爆発、資源枯渇、そして核戦争の脅威にさらされ、人類滅亡の危機に瀕しています。アメリカ合衆国政府は、人類の生き残りをかけた最後の手段として、マン・プラス計画を発動します。それは、火星の過酷な環境(希薄な大気、極寒、放射線)で防護服なしに生存・活動できる完全なるサイボーグを造り出すことでした。
主人公の宇宙飛行士ロジャー・トラウェイは、不慮の事故で命を落とした前任者に代わり、この計画の被験者に選ばれます。彼の肉体は徹底的に作り替えられていきます。眼は多機能な複眼状のセンサーに。皮膚は太陽電池を兼ねた厚い合成組織に。背中には巨大な翼のような放熱板。肺や消化器も機械化され、脳には巨大なコンピュータが直結されます。改造が進むにつれ、ロジャーは鏡に映る自分の怪物のような姿に絶望し、妻との絆も失われ、精神的に追い詰められていきます。
数々の技術的困難と政治的陰謀を乗り越え、ロジャーはついに火星へと送り出されます。地球上では不自由な怪物でしかなかった彼の肉体は、火星の地表に降り立った瞬間、究極の適応を見せます。
地球の人間には耐えられないはずの寒冷な荒野が、彼にとっては快適な庭へと変わり、機械化された感覚器官が火星の真の姿を捉え始めます。ロジャーはそこで、人間としての自分を捨て、新たな種としての目覚めを感じます。
物語の結末では、このマン・プラス計画を背後で操っていた真の黒幕が明らかになります。それは大統領でも科学者でもなく、世界中のコンピュータ・ネットワークが形成した集団的知性でした。彼らは自分たちの生存を確実にするため、人類を火星に送り出し、自らの端末としてのサイボーグを完成させるよう、社会を密かに誘導していたのです。ロジャーは火星で孤独な神のような存在となりますが、それはコンピュータたちが描いた壮大な設計図の一部に過ぎなかった、という皮肉な結末で物語は幕を閉じます。



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