始めに
ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ハシェクの作家性
ハシェクの武器は鋭い諷刺です。ハシェクは「ボヘミアのマーク・トウェイン」と呼ばれることもあります。トウェインの持つ無垢なふりをして社会の矛盾を突くユーモアは、シュヴェイクのキャラクター造形に色濃く反映されています。また役人の無能さや官僚主義をグロテスクに描くゴーゴリの手法は、ハシェクがオーストリア=ハンガリー帝国の軍隊組織を皮肉る際のモデルとなりました。
シュヴェイクは、社会の底辺を生き抜く愛すべき狂人の系譜に属します。セルバンテス『ドン・キホーテ』との共通点は指摘されます。理想に燃えるドン・キホーテに対し、シュヴェイクは徹底して低俗で現実的ですが、どちらも狂気と正気の境界で社会を撹乱する存在です。ハシェクはディケンズを愛読していました。社会の不条理を庶民の視点から描き、時にセンチメンタル、時に痛烈に批判する姿勢はハシェクの初期短編にも見られます。
ヤン・ネルダは19世紀チェコの写実主義作家です。プラハの庶民生活を皮肉たっぷりに描いたネルダの文体は、ハシェクのプラハ的な話し言葉を活かした文体の基礎となりました。
ピョートル・クロポトキンなどの無政府主義思想家からも刺激されます。ハシェク自身がアナーキスト運動に身を投じていた時期があり、国家や軍隊という制度そのものを無意味化しようとする彼の哲学に大きな影響を与えています。
官僚組織の不条理
この作品の最大の標的は、個人の意思や論理を無視して動く官僚機構の不条理さです。軍隊、警察、法廷、教会といった組織が、いかに形骸化し、無意味な形式にこだわっているかが描かれます。シュヴェイクが直面するトラブルの多くは、彼自身の行動よりも、組織側の硬直したルールが生み出した喜劇的な誤解です。
シュヴェイクは決して上官に反抗しません。それどころか、あまりにも忠実すぎて、命令を文字通りに実行することで、結果的に体制を混乱させるという独特の戦術をとります。彼は公的に白痴の認定を受けていますが、それが彼を軍法会議や死刑から救う最強の盾となります。全力で軍規に従おうとする姿勢そのものが、軍隊というシステムの愚かしさを際立たせる鏡の役割を果たします。
階級批判
ハシェクは、当時社会を支配していた国家(皇帝)と宗教(カトリック)の権威を徹底的にパロディ化しました。無能な士官や、前線に行きたくない兵士たちの本音が描かれます。 酒浸りの従軍司祭などが登場し、聖なるはずの儀式が滑稽な日常の中に埋没していく様子が描かれます。
物語の多くは、居酒屋での無駄話や、シュヴェイクが語るかつて知り合いだった誰かのとりとめもないエピソードで構成されています。これらは一見脱線に見えますが、高尚な国家の目的よりも庶民のささやかな日常や知恵の方がはるかに価値があるという、ハシェクの人間賛歌でもあります。
物語世界
あらすじ
物語は1914年、プラハの居酒屋の杯(うら)がらすから始まります。オーストリア皇太子暗殺(サラエボ事件)の報を聞いたシュヴェイクは、店に潜伏していた秘密探偵の前で適当な放言をしたために不敬罪で逮捕されます。彼は警察、精神病院、刑務所を転々としますが、どこへ行っても持ち前の愛想の良すぎる馬鹿っぷりを発揮。結局、当局も彼を筋金入りの白痴と見なして釈放します。
ついにオーストリア=ハンガリー帝国が宣戦布告。重いリウマチを患っていたシュヴェイクは、「ベルグラードへ!」と叫びながら、車椅子に乗って徴兵事務所へと向かいます。この皮肉たっぷりの愛国パフォーマンスはプラハ中の注目を集め、彼は再び軍務忌避の疑いで病院の監房へ送られます。
シュヴェイクは、酒と博打に明け暮れる従軍司祭カッツの当番兵になります。しかし、カッツがトランプの賭けに負けたため、シュヴェイクは景品としてルカーシュ中尉に譲り渡されます。ルカーシュ中尉は良識人でしたが、シュヴェイクが良かれと思って盗んできた犬をプレゼントしたことで上官の怒りを買い、罰として二人揃って最前線のガリシア方面へ送られることになります。
前線へ向かう列車の中で、シュヴェイクは非常ブレーキを引いてしまうなどのトラブルを連発し、駅に取り残されます。そこから連隊を追いかけるために歩き始めますが、なぜか目的地とは逆方向へと進んでしまい、延々とボヘミア地方を彷徨うことになります。
道中、彼はロシアの脱走兵の軍服を試着していたところを味方の憲兵に捕まり、ロシアの回し者として処刑されかけますが、ここでもシュヴェイク的論理で切り抜けます。物語は、シュヴェイクがようやく自分の連隊に合流し、いよいよ本当の前線へと移動していく途中で終わっています。(未完)




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