始めに
ウィッチャリー『田舎女房』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ウィッチャリーの作家性
ウィッチャリーに最も決定的な影響を与えたのはフランスの喜劇王モリエールです。彼はモリエールのプロットをイギリスの風土に合わせてより毒気の強いものへと換骨奪胎しました。『田舎女房』はモリエールの『女房学校』や『亭主学校』の要素を組み合わせています。『真っ正直者(The Plain Dealer)』はモリエールの『人間嫌い』の主人公アルセストをモデルに、より冷笑的で逞しい主人公マニュリーを描きました。
ベン=ジョンソンの気質喜劇の伝統も彼の血肉となっています。登場人物に特定の性格的欠陥や際立った特徴を持たせ、それによって劇を駆動させる手法はジョンソン譲りです。ウィッチャリーの描く鋭い機知と辛辣な風刺のバランスは、このエリザベス朝・ジェームズ朝の伝統と無縁ではありません。
スペイン黄金時代の劇作家カルデロンも影響源の一つです。彼の処女作『森の中の恋』は、カルデロンの戯曲『4月と5月の朝』をベースにしていると言われています。
ウィッチャリーは晩年に若きポープと親交を結び、自作の詩の添削を依頼していました。この交流は当時の文学界における新旧の橋渡し的な意味合いも持っています。ウィッチャリーの文体は、同時代のコングリーヴなどの軽やかさに比べると、より肉感的で攻撃的、かつリアリスティックなのが特徴です。
名誉の空洞化
テーマは、当時のロンドン社交界における名誉という言葉の空洞化です。劇中の登場人物たちにとって名誉とは内面的な徳目ではなく、単なる世間体やスキャンダルの不在を指します。 主人公ホーナーが自分は不能になったという偽の噂を流すのは、女性たちの名誉を守りつつ、密通を容易にするための装置です。 貞淑を叫ぶ女性ほど、ホーナーの秘密を知るやいなや彼に群がるという構図を通じ、美徳が単なる記号に過ぎないことを暴いています。
結婚が愛情ではなく所有や契約として捉えられていた時代の歪みが描かれています。妻マージェリーを都会の不道徳から遠ざけようとする夫ピンチワイフの行動は、愛情ではなく所有物の管理です。しかし、彼が彼女を抑圧すればするほど、彼女の欲望と知恵を刺激するという皮肉な結果を招きます。無知が純真という図式が崩壊する様が描かれます。地方出身で純朴だったはずのマージェリーが、都会の論理を急速に吸収し、嘘を覚える過程は非常にシニカルです。
この劇では、真実を知っていることよりも記号をうまく操れることが強者としての条件となります。ホーナーは不能という偽の記号を社会に投げ込み、周囲の反応を観察・操作する演出家の役割を担います。言葉の裏にある意図を読み解ける者だけが、この冷酷なゲームで生き残ることができます。
物語世界
あらすじ
物語は、放蕩児のハリー=ホーナーが、ある嘘の噂をロンドン中に広めることから始まります。彼はヤブ医者と結託し、「フランス病(梅毒)の治療の失敗で、自分は不能者になった」という噂を流させました。これを聞いたロンドンの夫たちは、「ホーナーなら自分の妻に近づけても安心だ」と彼を信用し、進んで妻を彼に預けるようになります。しかし、これはホーナーが人妻たちと密通するための巧妙な罠でした。
一方、嫉妬深いピンチワイフは、都会の不道徳を恐れ、地方から連れてきた若く純真な妻マージェリーを人目に触れさせないよう必死になります。しかし、彼は逆に「都会の男たちは皆お前を狙っている」と彼女に警告してしまい、それがかえってマージェリーの都会への好奇心を刺激します。ピンチワイフは彼女を男装させて外出させますが、皮肉にもその変装を見破ったホーナーに目を付けられ、彼女は都会的な愛の駆け引きを急速に学習していきます。
マージェリーは夫に強制されてホーナーを嫌っているという手紙を書かされますが、隙を見てそれを熱烈なラブレターにすり替えます。ピンチワイフは、自分の妻が自分を裏切っているとは夢にも思わず、その手紙によって、自ら不倫の橋渡しをしてしまうという皮肉な事態に陥ります。
最終的に、ホーナーと女性たちの関係が露見しそうになりますが、そこに再びヤブ医者が現れ、ホーナーが不能であるという嘘を再び証言します。夫たちは、自分の妻が不貞を働いたと認めるよりも、ホーナーは不能であり自分の面目は保たれている」そういったという嘘を信じることを選びます。こうして、真実は闇に葬られ、登場人物たちは再び仮面を被って社交界のゲームを続けていくところで幕を閉じます。




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