始めに
ハイナー・ミュラー『ハムレットマシーン』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ハイナー・ミュラーの作家性
ブレヒトはミュラーにとって最大の父であり、同時に乗り越えるべき壁でした。異化効果や教育劇の形式を引き継ぎました。ブレヒトの楽観的な社会主義的進歩信奉を否定。ミュラーは、歴史を瓦礫の積み重なりとして捉える悲観的・黙示録的な視点へと転換させました。
シェイクスピアはミュラーの創作における素材の宝庫です。『ハムレットマシーン』に見られるように、シェイクスピアのプロットを解体し、現代の政治的状況や知識人の苦悩を投影しました。 歴史の残酷さと、そこから逃れられない人間の宿命をシェイクスピアの中に見ていました。
沈黙、静止、そして言葉の断片化においてベケットの影響を受けています。後期のミュラー作品に見られる劇的なプロットの消失やモノローグへの収束は、ベケットのミニマリズムと共鳴しています。歴史の終焉以後の待ちの状態を描く姿勢に共通点があります。
クライストのプロイセン的な規律と、その裏側にある暴力性、そして極限状態の文体を高く評価していました。ミュラーの冷徹で凝縮された文体や、身体への過酷な介入を伴う表現は、クライストの持つ冷たい情熱に近いものがあります。
ベンヤミンはミュラーの歴史観を決定づけた思想家です。パウル・クレーの画に寄せたベンヤミンの歴史の天使の概念は、ミュラーの作品に繰り返し現れます。未来へ背を向け、積み上がる瓦礫を見つめる視座は、ミュラー文学の核心です。
ほかに『メーデア・マテリアル』などに代表されるように、神話を現代の植民地主義や性愛の地獄へと変奏する際に参照されました。ランボーはその反抗的な精神と詩的言語の爆発において、若き日のミュラーに衝撃を与えました。
東欧の混乱とハムレット
1956年のハンガリー動乱後の東欧の政治状況が色濃く投影されています。かつて信じられた社会主義的理想や革命が、ただの瓦礫の山と化した後の風景を描いています。ハムレットは復讐という歴史的な使命を課されていますが、もはや何を信じて行動すべきか分からず、立ち往生しています。これは行動できない知識人の極限的な肖像です。
タイトルにある「マシーン」は、人間がもはや自由意志を持つ存在ではなく、歴史や社会という巨大なシステムの歯車に過ぎないことを示唆しています。劇中で「私はハムレットではない」という台詞が繰り返されます。これは、与えられた配役を演じることへの拒絶と、それに代わる新しい自己を見つけられない絶望を表しています。
ハムレットが沈滞する一方で、オフィーリアは強力な破壊の意志を持って描かれます。抑圧されてきた者による、文明そのものへの報復です。 彼女は自らを縛る時計や道具を破壊し、「私が生んだ世界を窒息させてやる」と叫びます。これは、停滞した歴史を終わらせるための徹底的な破壊という救済を象徴しています。
ミュラーは、物語や登場人物の葛藤といった従来の演劇の枠組みを破壊しようとしました。言葉は意味をなさず、イメージの断片が激しく衝突します。観客に理解させるのではなく、歴史の残酷さや身体の苦痛を体験させる、過激なメタ演劇としての側面があります。
物語世界
あらすじ
第1局:舞台は葬儀から始まります。ハムレットは父王の葬儀に立ち会い、母ガートルードと叔父クローディアスの不謹慎な振る舞いに嫌悪感を抱きます。ハムレットは亡霊(父)の復讐を命じられますが、彼はすでに歴史の廃墟の中にあり、物語を進める意欲を失っています。彼は父の骸骨を弄び、自らのアイデンティティを嘲笑します。
第2局:オフィーリアが登場します。しかし、彼女は狂って死ぬだけの乙女ではありません。 彼女は自らを縛り付けてきた家庭的な象徴の時計、椅子、写真を次々と破壊します。彼女はハムレットに宛てた手紙を破り捨て、「私の心臓だったものを返してあげるわ」と叫び、女性としての抑圧からの脱却を宣言します。
第3局:パントマイムのような非現実的な場面です。マルクス、レーニン、毛沢東やポップスターの亡霊がうごめく中、ハムレットとオフィーリアが奇妙なやり取りをします。ハムレットは女装し、性別や役割の境界が曖昧になっていきます。
第4局:ハムレットの長い独白です。ここで有名な「私はハムレットではない。私はもはや何の役割も演じない」という言葉が発せられます。彼は舞台という虚構の世界を降り、現代(執筆当時の1970年代)の街頭へと出ようとします。革命の失敗、テレビに映る暴動、知識人の無力さが語られ、彼は自らの脳をむさぼり食うような自己嫌悪に陥ります。
第5局:最後はオフィーリアによる呪詛で終わります。 深海のような場所で、車椅子に縛り付けられた彼女は、自分を支配してきた世界そのものを滅ぼすと誓います。「私が生んだ世界を窒息させてやる。私が股に挟んで抱いた世界を引き裂いてやる」と叫び、人類の文明そのものを否定する凄絶なラストを迎えます。




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