始めに
坂口安吾『白痴』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義、象徴主義
坂口安吾は、「風博士」を牧野信一に褒められ、島崎藤村と宇野浩二などにも認められ、作家として知られるようになりました。
その作家性は広くロマン主義、古典主義、象徴主義から影響を受けていて、作家単位では谷崎潤一郎、芥川龍之介、石川啄木、島崎藤村、北原白秋、佐藤春夫、正宗白鳥、葛西善蔵、有島武郎、宇野浩二、牧野信一、バルザック、チェーホフ、ポー、ボードレール、モリエール、ヴォルテール、ボーマルシェなどを好み影響されています。
『堕落論』との関係
本作は往々にして、安吾のエッセイ『堕落論』と関連付けて語られます。
『堕落論』は人間は結局のところ、早世の処女の純潔や聖女を求め、武士道を編み出さずにはいられず、天皇を担ぎ出さずにはいられないものの、他者からの借り物でなく、自分自身の純潔なるものを留め、自分自身の武士道ないしは天皇を編み出すためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要だと説きます。
要するに、人間は純粋さに惹きつけられるものの、生きていくならば純粋さを失うことは避けられないため、個々人のうちにある信念や価値観を守りながら純粋さを失うという形で正しく堕落するを多としています。
全体的に、ロマン主義や象徴主義の影響が顕著に見受けられるエッセイです。
本作も「無垢」をテーマにします。
白痴
タイトルになっている「白痴」とは、ヒロインの女のことで、主人公の伊沢の隣家の女で、ひょんなことから2人は共同生活を始めます。
見習い演出家の伊沢は、映画会社の連中の空虚な自我や、実感や真実のない演出表現を嫌い、白痴の女の無垢さに惹きつけられつつも、その振る舞いや外見の醜悪さにときどき耐えられなくなります。
伊沢は白痴の女を避けたくなる気持ちもあるものの、結局は共に生きようとするラストが描かれ、伊沢の正しい堕落が描かれていきます。
物語世界
あらすじ
敗戦色濃い戦時下、映画会社で見習い演出家の伊沢は、蒲田の場末の商店街裏町の仕立屋の離れ小屋を借りて生活していました。伊沢は、映画会社の連中の空虚な自我や、実感や真実のない演出表現をよしとしている愚劣な魂を憎むものの、生活に困窮し会社を首になるのを恐れます。
ある晩、伊沢が遅く帰宅すると、隣家の白痴の女が押入れの蒲団の横に隠れています。怯えている女を、伊沢は一晩泊めてやるものの、女の分も寝床を敷いて寝かせても、電気を消してしばらく経つと女は戸口へうずくまります。伊沢が紳士的に説き伏せても女は何度も隅にうずくまるので、伊沢は腹を立てたますが、実は女は伊沢の愛情を目算に入れてやって来ており、伊沢が手を出さないため、自分が嫌われていると女は思ったのでした。白痴の素直な心に驚き、伊沢は枕元で一晩中、女の髪をなでてやります。所帯じみた呪文の絡みつかない白痴の女は、自分向きの女と伊沢には思われます。
その日から女はそこに住みつき、近所に二人は同居します。白痴はただ伊沢の帰宅を待つ肉体にすぎず、そこにあるのは無自覚な肉欲だけでした。またある白昼の空襲の際におびえた白痴の恐怖と苦悶の相の見るに耐えぬ醜悪さを目の当たりにする伊沢でした。伊沢は3月10日の大空襲の焼跡で焼き鳥のような人間の屍を見て、白痴の女の死を願いました。
4月15日、伊沢の住む町にも大規模な空襲があります。火の手が迫り、仕立屋夫婦はリヤカーで逃げる際に伊沢も一緒にと急き立てますが、白痴の姿を見られたくない伊沢は、みんなが立ち去ってから、女と逃げます。逃げながら伊沢が、「死ぬ時は二人いっしょだ」と言うと、女は頷きます。その初めて表わした女の人間らしい意志に伊沢は感動し、火の海の中を逃げきり、小川を通って群集の休んでいる麦畑に出ます。
女は眠りはじめ、豚のような鼾声をたてます。女を置いて去りたいと伊沢は思ったものの、そうしたところで何の希望もありません。夜が白みかけたら女と停車場を目ざして歩こう、はたして空は晴れて、二人の背中に太陽の光がそそぐだろうかと伊沢は考えました。
参考文献
・杉森久英『小説 坂口安吾』




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