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二葉亭四迷『平凡』解説あらすじ

二葉亭四迷
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始めに

 二葉亭四迷『平凡』解説あらすじを書いていきます。

背景知識,語りの構造

ロシアの写実主義

 二葉亭四迷は、ロシアの写実主義の作家によく学びました。ツルゲーネフ、ゴンチャロフなどを手本として、社会の現実を写実的に描こうとしました。

 本作もツルゲーネフやゴンチャロフ、とくにタイトルからしてゴンチャロフ『平凡物語』からの影響が顕著で、主人公のナイーブさやそこから教訓を得て学んでいくプロセスなどが共通します

言文一致の理想

 四迷は『浮雲』などにおいて言文一致(文語と口語の一致)の文体について、三遊亭圓朝の落語の速記本を参考にしています。

 よく知られますが近代以前は口語と文語は異なっていて、それをすり合わせようとする動きが言文一致です。

 『浮雲』では書きながら言文一致のスタイルを構築しようとしており、第一篇で多い、読者へ呼びかける戯作文学的な語り手は後退します。もともと落語の速記を参照していたので、語り手は落語の演者のような作者の分身で等質物語世界の語り(一人称)のようでありつつ物語世界外から語るスタイルが序盤で展開されるのですが、それが希薄になっていきます。文章中の描写も戯作調の表現は希薄になっていきます。

 四迷は近代文学の始祖的作家として、スタイルの問題に悩んでそこから暫く創作を離れるものの、元禄文学の西鶴などが見直される中で、そのスタイルを取り入れつつも言文一致につとめた尾崎紅葉(『多情多恨』『金色夜叉』)、幸田露伴(『五重塔』)の表現に衝撃を受け、やがて影響されます。

 こうした刺激から、代表作の『其面影』『平凡』がものされたのでした。

語りの構造

 本作は語りの構造などは『クロイツェル=ソナタ』からの影響が顕著です。これは枠物語的な構造になっていて、過去の男の妻殺しの物語が語られていくという内容です。

 枠物語的な構造のなかで、過去の男の罪や過ちが回想、反省されるデザインは本作と共通です。

 『平凡』では、語り手は等質物語世界の語り手で、昔は作家だった役人です。文士をやめてまともに勤めるようになるまでの過去を回想していきます。

自然主義批判

 本作は自然主義を批判しています。自然主義を牛の涎のようにだらだら事実を書き連ねるものとして風刺していて、これは自然主義の代表格である田山花袋『蒲団』などへの批判でしょうが、花袋のこの私小説も結構脚色もあるし物語的な因果もあるし、こうした批判が的確なのかはわかりません。藤村『破戒』に対する批判にもあまりなっていない感じもします。

 四迷は自然主義に全面的に批判的だったわけでもなく、三島霜川や徳田秋声(『』『あらくれ』)などには好意的でした(とはいえ自然主義といえばまず花袋、藤村、独歩でしたし、霜川は自然主義に含まない場合が多いです。秋声への評価は、四迷が評価する露伴や紅葉のフォロワーというのも大きいかもしれません)。

 また本作も花袋『蒲団』を批判的に消化しつつも、独自の写実主義の集大成を展開したものと評価できます。

物語世界

あらすじ

 今年39歳になる「私」は下級官吏で、かつては文士でした。そんな「私」が過去を思い出しながらまずは幼少期から語りだします。

 そんな頃に文壇に在籍する旧友が尋ねてきて、文学論や文壇のゴシップや執筆を促す忠告などをしますが、「私」はそんな事よりも、親の口から体を大切にしろという言葉の方を聞きたいと切り捨てて、親のことや小学校時代に飼っていた愛犬ポチについて話します。

 そして度々教科書にも引用されたというポチの話がはじまります。ポチが野犬と見られて犬殺しに殺される所まで書き終えた後、高尚な言葉を並べるものの、それは皆嘘で、人間がみんな犬殺しに見えたことだけが本当だと言います。

 中学を卒業し、法律の勉強のために東京に出てくると、文学にかぶれます。やがて苦労して働く人々を馬鹿にします。ヒット作をものして順調になるものの、女性に夢中になっている間に、父が病気になり、帰った時には臨終に間に合いませんでした。

 父のおかげで目が覚めた「私」は母を連れて上京し、文壇を去って今の役所に勤めたのでした。

参考文献

・中村光夫『二葉亭四迷伝』

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