始めに
モラヴィア『軽蔑』解説あらすじを書いていきます。ゴダール監督の映画化が有名です。
背景知識、語りの構造
ドストエフスキーとモリエールの影響
モラヴィアが影響を最も受けた作家はドストエフスキー(『貧しき人々』『地下室の手記』)でした。ここから、モラヴィアは性愛をテーマにする艶笑コメディを作風とするようになりました。本作も『貧しき人々』『地下室の手記』のように性愛にまつわる男の失敗を描きます。このあたりはドストエフスキーに影響された川端(『眠れる美女』『みづうみ』)と重なります。
また、モリエールという劇作家からも影響され、そこから同様に性愛にまつわる喜劇を展開しています。
他にもフローベール、カフカ、ジョイス、プルーストなどからも影響が大きいです。
ジョイスの影響
ジョイス(『ユリシーズ』)を好んだモラヴィアですが、本作はジョイス『ユリシーズ』と同様に『オデュッセイア』をモチーフにします。
オデュッセウスの神話では、オデュッセウスがトロイア戦争終結後に行方不明になると、妻ペーネロペーの美しさにひかれた108人の求婚者たちが押しかけ、ペネロペはこれを躱します。
ジョイスは夫オデッセウスが不在の間に妻ペネロペが言い寄られるというところから『ユリシーズ』において、オデュッセウスをコキュ(寝取られ亭主)として描きました。
本作も同様に、寝取られ男である主人公を描いています。
心理劇としてのデザイン
本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『卍』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルー=ベルベット』と言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。
モラヴィア『軽蔑』はおおむね映画化と共通のプロットで、等質物語世界の語り手「わたし」という作家の男と妻の関係を描くものです。妻とわたしの間に映画プロデューサーの男が加わって、私が映画のシナリオ制作を手掛ける中で妻とプロデューサーとの間で何かがあり、そして妻は「わたし」を「軽蔑する」と言うのです。わたしと妻の関係はギクシャクしたまま、プロデューサーと妻は交通事故で死にます。なので「軽蔑する」と言った意図や二人の関係がどうなっていたのか、読者も解釈するよりありません。
物語世界
あらすじ
語り手リッカルド・モルテーニは作家で、美人タイピストのエミーリアと結婚し、一間きりの家具つきの部屋に住んでいます。二年が経って、リッカルドはエミーリアのために、高額なアパートを分割払いで買いました。
入居まで、リッカルドはアパートの家賃を稼ぐために、いやいや映画のシナリオを書くことにします。リッカルドとエミーリアは、映画プロデューサーのバッティスタとレストランで夕食を共にし 、彼の家で過すことになります。バッティスタの高級車は、 二人乗りで、バッティスタはエミーリアに乗るように勧め、リッカルドもそう勧め、タクシーで後を追います。ここから二人はぎくしゃくするようになりました。彼女はその後、彼を軽蔑し、一人で寝ると告げます。
二人はカプリ島にあるバッティスタの別荘に招待され、リッカルドはそこで『オデュッセイア』の脚本を執筆します。そこで彼は、バッティスタがエミリアのドレスを引き裂き、彼女の体にキスをするのを目撃します。
一方、『オデュッセイア』では、彼自身の不幸な人生との類似点に気がつきます。彼は海辺で、エミリアが戻ってくる幻影を見ます。
別荘に戻ると、彼女がバッティスタの車の事故で亡くなっていたことを知ります。
参考文献
・アルベルト=モラヴィア,アラン エルカン(著), 大久保 昭男 (翻訳)『モラヴィア自伝』(河出書房新社,1992/1/1)




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