はじめに
芥川龍之介『藪の中』あらすじ解説を書いていきます。
語りの構造、背景知識
非線形の語り。ブラウニング、ビアスの影響
本作品はブラウニング「指輪と本」、ビアス「月明かりの道」の影響が知られています。両者ともに非線形の語り口が導入されています。それぞれ見ていきます。
ブラウニング「指輪と本」ではイタリアの裁判を扱い、劇的独白という、モノローグに聞き手を導入する手法を積み重ねる語りの手法が展開されています。伯爵が破産を間逃れるべく13歳の少女ポムピリアを妻とするも、出自を理由に虐待を受けます。彼女は修道士カポンサッチに伴われて逃亡するもとらえられ、姦通罪で訴えられますがこれは逃れます。しかし養父母の元へ逃れて伯爵の子を産んだのち、伯爵らの襲撃を受け、養父母一家は殺され、ポムピリアも重傷を負います。この事件について、さまざまな視点から語られていき、心理の複雑さが描かれます。ウェルズ監督『市民ケーン』などと近いでしょうか。他方で、リドルストーリーのようなデザインではありません。
ビアス「月明かりの道」では、ある屋敷の主キャスパーが帰宅すると、不審な男が屋敷から忍び出てくるところでした。中では妻が首を絞められて殺されていましたが、犯人の姿はどこにもありません。この経緯を3人の語り手によって繰り返し語らせますが、それぞれの話はやや噛み合わず、真相の一部は藪の中というリドルストーリーになっています。
語り手は事後、話を聞いた男(ジョエル)、その父で加害者である(キャスパー)、その妻である被害者の霊(ジュリア)の三人です。しかしこの作品は、リドルストーリーと言っても殺人事件に関しては犯人がキャスパーであることは、特に語り手の発言の間で矛盾しているわけではありません。謎が残るのはキャスパーが間男と勘違いして殺害の動機となった謎の人物の正体などです。三人の発言は一見矛盾しているものの、それはもっぱら三人の認識が又聞きだったり誤解したりしているために生じているだけで、事件の構造自体が読者にとって不透明になっているわけではなく、ほとんど一意に解釈できるのです。
なのでこの二作品と本作は結構コンセプトが違っています。
本作の語りの構造
本作は先に挙げたニ作品と異なり、作中内の事実のかなりの部分において当事者の発言が食い違っており、事件の構造レベルで読者にとっては内容が不透明になっています。漱石『こころ』、川端『雪国』にも似ていますが、作中事実の解釈について読者はかなりリソースが限られる上、もっぱら事件当事者たる語り手三人の発言が信頼できないことから、複数の解釈があり得ます。
本作を原作とする黒澤明監督『羅生門』も、これに一つの解釈を与えたものと評価できます。
『今昔物語集』巻29第23話 具妻行丹波国男於大江山被縛語 第廿三
本作品はまた『今昔物語集』(巻29第23話 具妻行丹波国男於大江山被縛語 第廿三)の影響が知られています。これは夫婦が謎の盗人に襲撃され、妻が盗人に犯され、男は何もできずにいて、盗人が去った後、妻に男が幻滅されて終わる、という内容です。
ここから題材を得た本作は、妻が盗人に犯される、ということが当事者の語り手の主張において一致しています。とはいえシチュエーションが重なるくらいです。
語り手の発言の特徴。信頼できない語り手
本作では特に当事者三人(多襄丸、真砂、金沢)の発言が矛盾しているのですが、それぞれの発言には共通点があります。それは三人とも自分が金沢殺しの犯人だといっているというのもそうですが、何よりも自分の社会的な体裁を取り繕う主張をしていることです。
多襄丸は確かに自分が殺したものの、真砂がそうするように仕向けたから殺したに過ぎないと言っており、自分が殺意をもとより持っていたことを否定しています。真砂は自分が夫を殺したものの、強姦と夫から軽蔑されたことに傷つき、自身の尊厳を守るために夫を殺し自殺しようとしたが死ねなかったと言い、貞淑な悲劇の女性であろうとします。被害者金沢は、妻の悪女性を強調し貶め、妻の背信の被害者としての自分の不幸を強調します。
芥川『地獄変』同様、信頼できない語り手が設定され、このそれぞれ自分の体裁に気を配っている部分を踏まえて黒澤明監督『羅生門』も脚色しています。
ストリンドベリなどの告白文学に着目しつつ、自身では自伝的でストレートな告白文学をものすことはキャリアの晩年まではあまりなかった(『歯車』『大導寺信輔の半生』『点鬼簿』『或阿呆の一生』など自伝的な内容の作品が後期に起こる)芥川ですが、告白一般がしばしばそう純粋な動機にドライブされているのではないと悟ってのことでしょうか。この辺りは『地獄変』『邪宗門』と共通です。
物語世界
あらすじ
藪の中で男の死体が見つかり、検非違使に尋問された証人たち4人の証言、続いて当事者3人の告白がなされます。
「検非違使に問われたる木樵の物語」は男の死体の第1発見者の証言です。遺留品は一筋の縄と女物の櫛だけで、馬と小刀は見ていません。
「検非違使に問われたる旅法師の物語」では殺人が起こる前日に男と馬に乗った女を見かけたと語られます。
「検非違使に問われたる放免の物語」では男の衣服を着、弓矢を持ち、馬に乗った盗人・多襄丸を捕縛したものの、女は見ていないとのことです。
「検非違使に問われたる媼の物語」によると、死んだ男の名は若狭国国府の侍、金沢武弘で、女はその妻の真砂で、自分の娘だそうです。
「多襄丸の白状」によると男を殺したのは自分で、女を奪うことが目的だったそうです。彼女を強姦したのち、女に「二人に恥を見られては生きていけない。男と盗人、決闘して生き残った方へついていく」といわれたので男の縄を解き決闘して男を殺したそうです。
「清水寺に来れる女の懺悔」(真砂)によると盗賊に強姦されたのち、夫に蔑みの眼差しを向けられ、ショックで気を失ったそうです。目を覚ますと盗賊はおらず、小刀を使って夫を殺し、後を追うつもりだったが死にきれずに寺に駆け込んだそうです。
「巫女の口を借りたる死霊の物語」によると、強姦された妻が盗人に惚れ込み、私を殺すようにけしかけるも、呆れた盗人が妻を蹴り飛ばし、「女を殺すかどうか好きにしろ」と自分に言ったところ、隙をみて妻が逃げました。藪の中に一人残された男は、妻が落とした小刀を使い自刃しました。
参考文献
・進藤純孝『伝記 芥川龍之介』




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