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大江健三郎『洪水はわが魂に及び』解説あらすじ

大江健三郎
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はじめに

大江健三郎『洪水はわが魂に及び』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

新古典主義、神話的象徴の手法

 モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 本作はノアの方舟と洪水神話のモチーフが見えます。それを新左翼などのカルト的実践の象徴として展開しています。

洪水神話

 ノアの方舟や洪水神話のモチーフは大江が好んで取り上げたモチーフです。大江に影響したフォークナーにも洪水神話を扱う『野生の棕櫚』があり、またこのモチーフを扱う作品には『治療塔』シリーズ(1.2)、『同時代ゲーム』『懐かしい年への手紙』などがあります。

理想主義の破綻

 大江健三郎は初期から現実参画を訴え、オーデンの訳詞からタイトルをとった『見るまえに跳べ』に見えるように、直感的な政治へのアクションを実践していきました。

 なので大江健三郎の政治への知識や考察というのはどうしても浅薄なのですが、その一方で政治的なコミュニティ一般と連続的なカルト(新左翼のような)への懸念は一貫してあるのと、理想主義や積極的行動主義の限界と破綻への憂慮もずっとあります。

 本作で登場する保守主義者ドストエフスキーも、『悪霊』において実践に根ざさないラディカルな理想主義の破綻とカルト化を描きました。

青春残酷物語

 大江健三郎は、グロテスクな性描写、肉体的口語的語り口、実際の事件への着目など、全体的にシュルレアリスムからの影響も顕著です。コクトー『恐るべき子供たち』もティーンの世界を描いたグランギニョルな青春物語です。また、シュルレアリストのブルトンは既成芸術やブルジョア社会へのカウンターとして、実際の若い犯罪者に着目するなどし、またモロー(「出現」)の絵画に描かれるファム・ファタル表象に着目しました。

 シュルレアリスムの影響が顕著な三島由紀夫の『金閣寺』や中上健次(『千年の愉楽』)の永山則夫への着目もこうしたモードの中にいて、グランギニョルな青春物語を展開しました。

物語世界

あらすじ

 大木勇魚は息子で知的障害のある幼児ジンと、東京郊外の核避難所跡に籠もり、瞑想によって「樹木の魂」「鯨の魂」と交感して暮らしいます。

 勇魚は「自由航海団」に出会います。「自由航海団」は、来たるカタストロフにそなえた集団訓練を行う、夢想的な少年たちです。

 「自由航海団」メンバーの、伊奈子とジンは心を通わせます。勇魚は「自由航海団」リーダーの喬木と「鯨の木」について話をします。勇魚と「自由航海団」は徐々に打ち解けます。

 勇魚が、妻の父である保守系の大物政治家「怪」の個人秘書であった時に犯した罪を「自由航海団」に打ち明けたことで、信頼されて仲間となります。勇魚は「自由航海団」における「言葉の専門家」として『カラマーゾフの兄弟』の講読を行います。

「自由航海団」は、自分たちの情報をマスメディアに売ったカメラマン、縮む男を尋問中に殺害してしまいます。「自由航海団」の存在が公になると、核避難所は機動隊に包囲されて銃撃戦になります。勇魚はジン、ドクター、伊奈子、喬木を核避難所から脱出させ、多麻吉と最後まで篭城します。

 その中で勇魚は、自分は樹木や鯨を殺さんとする人々と同じ側の人間であった事を悟ります。そして機動隊の放水により水で満ちる核避難所で「樹木の魂」と「鯨の魂」に最後の挨拶を送ります。すべてよし、と。

参考文献

小谷野敦『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)

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