始めに
エリカ=ジョング『飛ぶのが怖い』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
エリカ=ジョングの作家性
エリカ=ジョングはしばしば女性版ヘンリー・ミラーと呼ばれます。ミラーの『北回帰線』などが持つ、あけすけで性的な自己表現と、既存の道徳を打破するスタイルに強く影響を受けました。ジョングはミラーと親交もあり、後に彼の伝記的エッセイ『ヘンリー・ミラーの宇宙』も執筆しています。
フランスの女性作家コレットも、彼女にとって大きな精神的支柱でした。女性の官能性、独立心、そして肉体的な喜びを美しく、かつ率直に描く手法を学びました。ジョングは、女性が自らの欲望を語る権利をコレットから受け継いでいます。
アメリカの詩人ホイットマンの自由奔放な精神も、彼女の根底に流れています。身体を賛美し、自己を肯定するホイットマンの広大な詩的世界は、ジョングの自由を求めるエネルギーの源泉となりました。
ジョングは小説家である前に詩人としてキャリアをスタートさせています。シルヴィア=プラスやアン=セクストンなど同時代の告白詩の旗手たちから、個人的な苦悩や女性としての内面を隠さずにさらけ出す勇気を得ました。ただし、彼女たちの悲劇的な結末に対し、ジョングはよりユーモアと生命力を持って対抗しようとした側面があります。
ジョングは英文学の博士課程で学んでいたこともあり、古典への造詣が非常に深いです。ジョフリー・チョーサー『カンタベリー物語』のような、旅をしながら人間模様を描くピカレスク的構成を『飛ぶのが怖い』に取り入れました。またロード・バイロンの皮肉とウィットに富んだ風刺精神は、彼女の鋭い社会批評のスタイルに反映されています。
性的自由。タイトルの意味
作品を最も有名にしたのが、ジップレス・ファックという概念です。男性が当たり前に享受してきた感情的なしがらみのない、純粋な性的充足を、女性も同じように求めていいのではないかという問いかけです。当時、女性の性は常に愛や結婚とセットで語られるべきという規範がありましたが、ジョングはそれをユーモアと率直さで打ち破りました。
タイトルの「飛ぶのが怖い」は、飛行機恐怖症という設定であると同時に、深いメタファーになっています。孤独になることへの恐怖と自由になることへの恐怖です。どこへでも行ける自由を手に入れることは、同時に誰にも寄りかからず、自分自身の人生に全責任を持つことを意味します。主人公イサドラがこの恐怖をどう乗り越えるかが、物語の最大の焦点です。
主人公イサドラは、精神分析医の夫や愛人との関係を通じて、自分を救ってくれる完璧な男性を探し求めます。しかし男は救世主ではないという気づきがあります。物語の終盤で彼女がたどり着くのは、誰かに救ってもらうのではなく、自分自身を唯一の家とするという自己発見です。
イサドラは詩人であり、表現することに苦悩しています。女性が表現者として生きることの難しさが描かれます。妻としての役割、娘としての期待、そして一人のアーティストとしての野心の狭間で揺れ動く内面が描かれています。
物語世界
あらすじ
主人公は29歳の詩人、イサドラ=ウィング。彼女は2番目の夫で精神分析医のベネットとともに、精神分析学会に出席するためウィーンへ向かいます。しかし、彼女の心は満たされていませんでした。結婚生活は安定しているものの、退屈で窒息しそうな感覚を抱いており、常にジップレス・ファック(しがらみのない、純粋に肉体的な充足)という幻想を追い求めていました。
ウィーンで彼女は、イギリス人の精神分析医エイドリアン・グッドラヴに出会います。彼はベネットとは正反対の、奔放で無責任、かつ刺激的な男でした。イサドラは彼に強く惹かれ、ついに夫を置いてエイドリアンと一緒にヨーロッパ中を車で回る不倫の逃避行に出発します。彼女にとってこれは、古い道徳や結婚の束縛から脱ぎ捨てるための飛行の始まりでした。
しかし、旅を続けるうちに幻想は崩れていきます。エイドリアンは自由を標榜しながらも、実際には自己中心的で頼りにならない男でした。期待していたジップレス・ファックも、現実には体調不良や気まずさに邪魔され、理想通りにはいきません。フランスのホテルで、エイドリアンは自分勝手な理由で彼女を一人置き去りにして去ってしまいます。
一人残されたイサドラは、ロンドンのホテルで孤独と恐怖に直面します。自分には男が必要だ、男がいなければ自分には価値がない、という依存心に苦しみますが、そこで彼女はある重要なことに気づきます。私を救えるのは他の誰でもなく、私自身だけだ、と。
彼女はホテルのバスタブに浸かり、自分の身体を自分自身のものとして受け入れます。誰かの妻や愛人としてではなく、一人の人間として生きる覚悟を決めるのです。
物語の最後、彼女はベネットが待つロンドンのホテルに戻ります。彼とやり直すのか、あるいは別れるのか。明確な結論は示されませんが、戻ってきた彼女は、旅に出る前の何かに怯えていたイサドラではありませんでした。彼女はついに、自分の足で人生を飛ばせるようになったのです。




コメント