始めに
ハルドル・ラクスネス『独立の民』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ラクスネスの作家性
ラクスネスの文学的アイデンティティの核には、中世アイスランドのサガがあります。簡潔で客観的な叙述スタイル、そして個人の名誉や運命を重んじる精神性です。彼は古典的なサガの文体を現代小説に持ち込み、再構築しようと試みました。
1920年代後半から30年代にかけて、ラクスネスは社会主義に傾倒しました。 アメリカの社会派作家であるシンクレアからは、社会の不条理を告発するリアリズムの手法を学びました。代表作『独立した民』の背景には、こうした社会意識が強く反映されています。叙事詩的演劇の創始者であるブレヒトとも交流があり、彼の社会批判的な視点はラクスネスの戯曲や小説に影を落としています。
1920年代のパリ滞在などを通じて、ヘミングウェイに代表されるハードボイルドな文体、つまり装飾を削ぎ落とした短い文章の積み重ねに影響を受けました。スウェーデンの劇作家ストリンドベリからは、内面心理の鋭い描写や、既存の価値観を破壊する表現主義的な刺激を受けました。
シグリ=ウンセットは、若き日のラクスネスがカトリックに改宗した時期に、精神的な支柱となりました。中世を舞台にした彼女の重厚な叙事詩的世界観は、ラクスネスの初期作品に影響を与えています。
独立とは
主人公ビャルトゥルが追い求める独立とは、誰の助けも借りず、誰に対しても負債を負わないことです。彼は自分の土地を持ち、羊を育てることで自由を手に入れようとしますが、そのために家族の命や幸福を次々と犠牲にします。借金を嫌い、自給自足に固執するあまり、結局は自然の猛威や社会情勢に翻弄され、最も不自由な状況に追い込まれていくというアイロニーが描かれています。
当時のアイスランドでは誇り高き自由農民という理想像が美化されていました。ラクスネスは、その理想の裏側にある悲惨な貧困、不衛生、そして無知を冷徹に描写しました。独立という言葉が、実際には過酷な労働と搾取を正当化するスローガンに過ぎないことを暴いています。古典サガの英雄精神を現代の貧しい農夫に投影することで、英雄的であることの滑稽さと残酷さを浮き彫りにしています。
社会批評
物語の後半では、ビャルトゥルと養女アスタ=ソーラとの関係が中心となります。二人は衝突し、決別しますが、実はアスタもまた父譲りの強烈な自尊心と独立心を持っています。徹底してリアリズムを貫く本作において、安易な和解は描かれません。しかし、ボロボロになりながらも歩き続ける二人の姿には、人間の不屈の生に対する畏敬の念が込められています。
個人の戦いだけでなく、社会構造の変化も重要なテーマです。伝統的な自営農家が、協同組合や資本主義経済の波に飲み込まれていく過程が描かれています。ビャルトゥルが守ろうとした独立は、もはや古い時代の幻想であり、個人がシステムに抗うことの難しさを物語っています。
物語世界
あらすじ
18年間の奉公の末、ビャルトゥルは荒れ地を買い取り、そこを夏屋敷と名付けます。彼は他人に依存しないことだけを唯一の道徳とし、妻のローサを迎え入れますが、その生活は極めて過酷です。彼は羊を育てることに命を懸けており、妻の飢えや寂しさよりも羊の健康を優先します。最初の妻ローサは出産中に亡くなりますが、彼女が残した娘アスタ=ソーリリャ(実は別の男の子)を、彼は自分の娘として育て始めます。
再婚し、多くの子宝に恵まれますが、ビャルトゥルの独立へのこだわりは家族を追い詰めていきます。飢えと病で家族が次々と去り、あるいは命を落とす中、彼は自由な農民であることに固執し、救済の手を拒み続けます。唯一、魂の繋がりを感じていた養女アスタ=ソーリリャとも、彼女の予期せぬ妊娠と彼の頑迷さをきっかけに激しく衝突し、彼女を家から追い出してしまいます。
第一次世界大戦の好景気により、アイスランドの農村にも資本主義の波が押し寄せます。他の農民たちが借金をして家を近代化する中、ビャルトゥルもまた、ついに石造りの家を建てるという誘惑に屈してしまいます。
しかし戦後の不況で羊の価格が暴落。借金を抱えた彼は、守り抜いてきた夏屋敷を銀行に差し押さえられ、すべてを失います。
すべてを失ったビャルトゥルは、かつて追い出した娘アスタ=ソーリリャと再会します。病に侵され、幼い子供を抱えて困窮する彼女を連れ、彼は再び何もない荒野へと歩き出します。




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