始めに
アンリ・ミュルジェール『ボヘミアン生活の情景』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
アンリ・ミュルジェールの作家性
ミュルジェールは1830年世代のロマン主義運動を崇拝する青年としてキャリアをスタートさせました。ユゴーは当時の文学界の絶対的な君主であり、ミュルジェールを含む若手作家たちの最大のアイドルでした。ユゴーの情熱的な文体や、社会の周辺に生きる人々への関心は、ミュルジェールの初期の詩作に強い影響を与えています。
またミュルジェールに最も直接的な影響を与えたのはミュッセだと言われています。ミュッセの持つ都会的な洗練、シニカルなユーモア、哀愁を帯びた叙情性のブレンドは、後の『ボヘミアン生活の情景』における、貧窮の中でも軽妙さを忘れない文体に強く反映されています。
「芸術のための芸術」を掲げたゴーティエの美学や、彼が参加していたボヘミアン的な集団プティ・セナクル(小円卓会議)の雰囲気は、ミュルジェールが描く芸術家コミュニティのモデルとなりました。
ミュルジェールはシェイクスピアを深く愛読していました。彼の作品に見られる、悲劇的な状況の中に喜劇的な要素を混ぜ込む手法は、シェイクスピア的な演劇構造の影響を受けていると指摘されます。モリエールなどのフランス古典喜劇の伝統である、鋭い人間観察と対話のテンポの良さは、ミュルジェールの散文における生き生きとした会話劇に活かされています。
ミュルジェールにとって最大の影響源は、特定の作家以上に、彼自身が身を置いていたボヘミアン的な実生活そのものでした。水飲み連盟は彼が実際に所属していた、貧しい芸術家たちのグループです。この仲間たちとの実体験が、創作の最大のインスピレーションとなりました。ネルヴァルは友人であり、同じくボヘミアン的な放浪生活を送ったネルヴァルの精神性は、ミュルジェールにとってボヘミアンというアイデンティティを共有する重要なモデルでした。
ボヘミアン生活
ミュルジェール自身が序文で述べている通り、彼にとってボヘミアン生活とはアカデミー(成功)へ至るか、死体公示所(破滅)へ至るかの待合室でした。自由な生活を謳歌しながらも、そこには常にいつかはここを去らねばならないという予感と焦燥が漂っています。 自由は何者でもないことの裏返しであり、若さという資本を削りながら生きる危うさが描かれています。
ロドルフェ(詩人)やマルセル(画家)たちは、高い芸術的理想を掲げていますが、現実には薪を買う金もなく、冬の寒さに凍えています。 崇高な芸術と、パンや家賃といった卑近な生存とのギャップを、悲劇としてではなく皮肉を交えた喜劇として昇華させている点に特徴があります。安定した市民生活を軽蔑しつつも、その市民社会がなければ芸術も生存も成立しないという矛盾が、軽妙なユーモアの中に隠されています。
お針子のミミとロドルフェの恋は、物語の情緒的な中心です。彼らの愛は、貧困という外的な要因と、若さゆえの移り気という内的な要因によって、常に壊れやすいものとして描かれます。物語の終盤におけるミミの死は、ボヘミアンという夢の時間の終焉を告げる残酷な境界線となります。彼女の死とともに、生き残った若者たちは大人へと移行せざるを得なくなります。
この作品は個人の物語というより、水飲み連盟に象徴される、芸術家たちの相互扶助的なコミュニティの物語です。孤独な天才ではなく、似たような志を持つ者たちが集まり、知恵とユーモアで困窮を乗り越える集団の力が描かれています。これは、現代のシェアハウスやクリエイティブ・コミュニティの原形とも言えるものです。
物語世界
あらすじ
1840年代のパリ・ラタン教区(カルチエ・ラタン)を舞台に、金はないが才能と野心だけはある4人の若き芸術家たちの日常を描いた連作短編集です。物語は、家賃が払えず追い出されそうな詩人のロドルフェ、画家のマルセル、音楽家のショナール、哲学者のコリーヌが、ひょんなことから意気投合し、共同生活を始めるところから始まります。彼らは自らを水飲み連盟と称し、空腹をユーモアで紛らわせながら、傑作を生み出す日を夢見ています。
あらすじの多くは、彼らがいかにして今晩の食事代や薪代を稼ぐかという、悲喜劇的な作戦に費やされます。古本を売る、肖像画の依頼人を騙して前借金する、あるいは大家を煙に巻く。どんなに悲惨な状況でも、彼らはブルジョワ的な価値観を徹底的にコメディとして笑い飛ばし、自分たちの自由を誇示します。
物語の彩りとなるのが、女性たちとの出会いと別れです。お針子のミミとの恋は、情熱的ですが、貧困と嫉妬によって常に不安定です。ミミは華やかな生活への憧れとロドルフェへの愛の間で揺れ動きます。 奔放で魅力的なミュゼットと画家のマルセルは、くっついたり離れたりを繰り返す腐れ縁のような関係として描かれます。
物語のクライマックスは、結核に侵されたミミの死です。彼女の死は、単なる悲恋の結末ではなく、彼らの青春という名のボヘミアン生活の強制終了を意味しています。葬儀の後、生き残った友人たちは、それぞれが芸術家としてある程度の成功を収めたり、あるいは堅実な職に就いたりして、かつての屋根裏部屋を去っていきます。最後にロドルフェが放つ「ボヘミアン生活はもうおしまいだ」という言葉が、この物語の切ない幕引きとなります。




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