始めに
ハインリヒ=マン『臣下』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ハインリヒ=マンの作家性
ハインリヒ=マンはフランス文学から多大な影響を受けました。ハインリヒはゾラの自然主義と、社会の暗部を科学的に解剖する手法に深く心酔していました。特に、社会の腐敗を暴く情熱と、ドレフュス事件で見せた政治的関与は、後のハインリヒの文筆活動のモデルとなりました。文体へのこだわりや、ブルジョワ社会に対する冷徹な観察眼はフローベールから受け継いだものです。権力への意志や、社会における個人の野心を描く点において、スタンダールの影響も無視できません。
初期のハインリヒ・マン、特に処女作『約束の地』などの時期には、ニーチェの思想が色濃く反映されています。ニーチェの超人思想や既存の道徳への懐疑を、当初は美学的な観点から受容しました。しかし、後にハインリヒはニーチェ的な美学主義が政治的無関心や権威主義に結びつくことを危惧し、より民主主義的な理性の闘士としての立場へと移行していきました。
ハインリヒが後年、権力への批判を強める中で大きな指標となったのが、アナトール=フランスです。鋭い知性とエレガントな文体で社会を風刺するスタイルは、名作『臣下』におけるヴィルヘルム時代のドイツ批判に繋がっています。
影響という点では、弟トーマス=マンとの相互作用を外すことはできません。芸術至上主義的で保守的だった初期のトーマスに対し、ハインリヒは常に文学の社会性を突きつけました。この兄弟間の激しい論争は、結果としてハインリヒ自身の政治的思想をより強固なものへと鍛え上げました。
タイトルの意味
本作の最大のテーマは、主人公ディーデリヒ=ヘスリングに象徴される強きを助け、弱きを挫くという二面性を持った人間格の解剖です。自分より上の権力者には徹底的に這いつくばり、服従することで安心感を得る一方で、自分より下の者(労働者や女性、リベラル派)には徹底的に高圧的に振る舞います。彼は皇帝ヴィルヘルム2世を神格化し、自分をその権力の一部であると思い込むことで、自らの小心さや劣等感を埋め合わせようとします。
当時のドイツ社会を覆っていた軍国主義、ナショナリズム、そして硬直した道徳観が批判の対象となっています。 ヘスリングは決闘や軍隊的な規律を重んじますが、それは内面的な強さではなく、外見的な形式に依存した空疎な力の誇示にすぎません。ビスマルク的な力による解決を口にするものの、実際には卑怯な保身と利益誘導に明け暮れるブルジョワジーの腐敗が描かれています。
この小説は、後にフランクルやアドルノが分析した権威主義的性格という概念を、文学の形で数十年早く予言したと言われています。なぜ理性的な市民が、一人の指導者や国家という抽象的な概念に対して狂信的になれるのか。その心理的プロセスを、ヘスリングの成長過程を通じて克明に描き出しています。 理性的で良心的な自由主義者が、声の大きいナショナリズムと権力の前に無力化していく様子が、物語後半の裁判シーンなどで象徴的に示されます。
物語世界
あらすじ
物語は、主人公ディーデリヒ=ヘスリングの幼少期から、彼が町の権力者として頂点に立つまでを追っています。ディーデリヒは、プロイセンの厳格な父と空想癖のある母のもとに生まれます。彼は幼い頃から強者に怯え、弱者をいじめるという性質を持っていました。大学進学のためにベルリンへ出ると、保守的な学生団に入り、ビールを飲み、決闘の傷を誇ることで男らしさの虚像を身につけます。ここで彼は、命令される快感と命令する特権を完全に内面化します。
父の死後、ディーデリヒは故郷ネツィヒに戻り、家業の製紙工場を継ぎます。町の精神的支柱であった老バックという1848年革命の生き残りである高潔な自由主義者を、汚い権謀術数を用いて失脚させます。 婚約者を捨て、家柄と持参金のために別の女性と結婚するなど、私生活でも徹底して功利的に振る舞います。
彼は、時の皇帝ヴィルヘルム2世に自分を重ね合わせ、皇帝の言動を猿真似することで、自らが国家権力そのものであるかのように振る舞い、町を支配していきます。
物語の絶頂は、皇帝ヴィルヘルム1世の記念碑建立の式典です。ディーデリヒは、自らの忠誠心の集大成としてこの式典を仕切ります。彼は大衆の前で熱狂的な愛国演説をぶち上げますが、その最中に激しい嵐が吹き荒れます。式典は台無しになり、人々はパニックに陥って逃げ惑います。この嵐は、彼らが築き上げた虚飾の帝国がいずれ崩壊することを暗示して物語は幕を閉じます。




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