始めに
トマス・M・ディッシュ『人類皆殺し』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
トマス・M・ディッシュの作家性
ディッシュはハーディを非常に高く評価しており、その悲観的な世界観や自然主義的な筆致、そして詩人としての形式へのこだわりを継承しています。代表作『強制収容所』は、マンの『魔の山』やファウスト伝説のパロディ、変奏としての側面を持っており、知的な思索を物語に組み込む手法において大きな影響を受けています。社会諷刺や機知に富んだ文体、そして既存の道徳を逆転させるようなアイロニーにおいて、ショーの影響が見て取れます。ルイス=キャロルの言葉遊び、ナンセンス、そして論理的な不条理に対する関心は、ディッシュの児童文学や実験的な短編に反映されています。
彼は詩人としても評価が高く、伝統的な韻律を重視していました。スウィンバーンはディッシュの詩作における形式主義や、耽美的な言語表現のルーツの一つです。ホラー作品やゴシック小説には、ポー以来のマカーブルの感覚が漂っています。
ディッシュはSFの文学的向上を目指した世代であり、共通の志を持つ作家たちと相互に影響し合っていました。J・G・バラードとは内宇宙の探求や、現代文明に対するシニカルな視点は共通していますが、ディッシュの方がよりニューヨーク的で都会的な洗練を好む傾向にありました。ディレイニーとは同時代の作家として、言語学的な関心や記号論的なアプローチにおいて共鳴していました。
害虫としての人類
この作品の最大の特徴は、エイリアンが人類を敵としてすら認識していない点にあります。彼らにとって地球は単なる農地であり、人類は作物の成長を阻害する害虫や雑草に過ぎません。多くのSFでは異星人とのコンタクトや交渉が描かれますが、本作では人類がどれほど叫ぼうとも、エイリアンは一切反応しません。悪意ではなく事務的な無関心によって滅ぼされていく過程を描くことで、宇宙における人類の地位の低さを残酷に突きつけます。
人類は歴史上、自然を切り開き、植物を管理し、害獣を駆除することで文明を築いてきました。ディッシュは、その管理する側だった人類を、そっくりそのまま管理される側に配置しました。地球全土を覆い尽くす巨大な植物は、人類がこれまで行ってきた単一栽培の極端なメタファーでもあります。自分たちが牛や豚、あるいは害虫に対して行ってきた仕打ちを、より高度な存在から受けるという皮肉な構造になっています。
神話パロディ
絶滅に直面した人間たちが、高潔な精神を発揮するのではなく、エゴイズム、近親憎悪、そして惨めな生存本能に支配されていく様が描かれます。物語の中心となるコミュニティも、決して正義の味方ではなく、独裁的な家父長制度や、生き残るための冷酷な選別が行われる場所として描かれます。どれほど抗っても結末は変わらないという決定論的な絶望が、全編を貫いています。
ディッシュはしばしば宗教的モチーフを皮肉として用います。本作においても、この災厄を神の罰や試練として捉えようとする心理が描かれますが、現実はただの機械的な清掃作業に過ぎません。旧約聖書的な大洪水や選民といった枠組みを借りつつ、そこに救済の可能性を一切残さないことで、古典的な信仰の無力さをあぶり出しています。
物語世界
あらすじ
ある日突然、地球全体に巨大な植物の種が撒かれます。この植物は驚異的な速度で成長し、既存の樹木や作物を駆逐して地表を埋め尽くしました。
地球にやってきた異星人は、人類を征服しに来たのではありません。彼らにとって地球は単なる農地であり、人間は作物の成長を妨げる害虫に過ぎませんでした。異星人の姿は一度も現れず、ただ巨大な機械が空から農作業を淡々と進めていきます。
物語の舞台は、アメリカ・ミネソタ州の小さな町タッセル。冷酷な独裁者アイザック=アンダーソンに率いられた一族は、わずかに残った食料を死守し、外部からの難民を容赦なく排除しながら、地下に潜んで生き延びようとしています。
ここでは、極限状態ゆえの倫理の崩壊が描かれます。アイザックによる絶対的な秩序、共同体内部での歪んだ人間関係。植物が栄養を吸い尽くすため、人間が食べられるものは日に日に失われていきます。
異星人の農家は、作物の育ちを良くするために害虫駆除を開始します。空から強力な殺虫剤や火炎放射が浴びせられ、生き残っていた人類の拠点は次々と灰に帰していきます。アンダーソン一族は、地表を焼き払われる中、巨大な植物の根の内部にある空洞へと逃げ込みます。彼らはそこで、植物の養分を盗み食いしながら、寄生虫のように生き永らえようと試みます。
ついに収穫の時期が訪れます。異星人は目的の作物を刈り取り、不要になった根(人間たちの隠れ家)を徹底的に清掃します。人類は英雄的な反撃を試みる隙すら与えられず、高度な知性を持つ存在として扱われることもなく、ただ機械的な処理によって一人残らず消し去られていきます。最後の一人が死に絶える瞬間まで、異星人側からのメッセージや接触は一切ありません。




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