始めに
ジェイムズ・フェニモア・クーパー『モヒカン族の最後』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
クーパーの作家性
クーパーに最も決定的な影響を与えたのは、スコットランドの作家スコットです。スコットが確立した歴史的事件を背景に、架空の人物を動かすという手法を、クーパーはアメリカのフロンティアに応用しました。
また彼の処女作にはオースティンの影響が見られます。クーパーのデビュー作『用心』は、イギリスの風習を舞台にしたものでした。
クーパーの作品、特に各章の冒頭にあるエピグラフには、頻繁にシェイクスピアが使われています。勧善懲悪のダイナミズムや、自然の中で翻弄される人間ドラマの描き方において、シェイクスピア的な劇的構成の影響を受けています。
当時のロマン主義の流れも、彼の自然描写に深く関わっています。ロード・バイロンやウィリアム・ワーズワースが描いた、崇高で圧倒的な自然の概念は、クーパーが描くアメリカの原生林や大洋の描写に反映されています。
5年間の海軍勤務経験が、のちの『水先案内人』など、アメリカ文学における海洋小説というジャンルを確立させる原動力となりました。ほかに土地所有者であった父ウィリアム=クーパーが建設した開拓地での生活が、フロンティアに対する彼の複雑な視点を形作りました。
ロマン主義的理想と先住民
クーパーは、先住民を高潔な野蛮人として描きつつも、彼らが白人文明の拡大とともに歴史の表舞台から消え去ることは避けられない運命であるという観念を持っていました。彼らの文化や血統が途絶え、アメリカ大陸の主役が先住民から白人へと交代していくことへの、感傷的かつ決定論的な意味が込められています。
原作の主人公ナッティ=バンポ(ホークアイ)は、白人でありながら先住民の技術を持つ境界線上の人間ですが、彼は作中で繰り返し自分は混じり気のない白人の血を引いていると強調します。クーパーは、人種ごとに固有の天性があると考えていました。映画版ではホークアイとコーラのロマンスが中心ですが、原作では人種間の境界を越えることに対して非常に保守的です。原作で悲劇的な結末を迎えるアンカスとコーラは、文明と野生の融合が当時の社会では不可能であることを象徴する存在として描かれています。
手つかずの広大な原生林を舞台に、森の掟と文明世界の掟の衝突を描いています。イギリス軍・フランス軍という文明の論理が、いかに森の現実から乖離し、悲劇を招くかが批判的に描かれています。
物語世界
あらすじ
時は1757年、フレンチ=インディアン戦争の真っ只中。イギリス軍の拠点ウィリアム=ヘンリー砦を目指し、マンロー大佐の二人の娘、コーラ(姉)とアリス(妹)が、ダンカン=ヘイワード少佐に護衛されて荒野を進んでいました。
彼らを案内していたのは先住民のマグアでしたが、実は彼はイギリス軍に恨みを持つヒューロン族のスパイで、一行を罠にかけようとしていました。
危機に陥った一行を救ったのが、白人の狩人ホークアイ(ナッティ=バンポ)と、モヒカン族の生き残りである父子、チンガチックとアンカスでした。彼らは娘たちを保護し、険しい自然の中を切り抜けながら、なんとか父親の待つウィリアム=ヘンリー砦へと送り届けます。
砦はフランス軍の猛攻にさらされており、ついにイギリス軍は降伏。フランス軍司令官モンカルムとの合意で、イギリス兵とその家族は平和的に撤退することを許されます。しかし、撤退の最中、フランス軍と同盟を結んでいたヒューロン族の戦士たちが暴走し、丸腰のイギリス人たちを襲うウィリアム=ヘンリー砦の虐殺が発生します。混乱の中、マグアは再びコーラとアリスを連れ去り、森の奥深くへと消えてしまいます。
ホークアイ、チンガチック、アンカス、そしてヘイワード少佐は、娘たちを救うために必死の追跡を開始します。一行は、デラウェア族(モヒカン族の親戚にあたる部族)の村へと辿り着き、そこでマグアとの対決を迎えます。
ここで、若き戦士アンカスがモヒカン族の正当な血筋であることが明かされ、デラウェア族の協力を得て、マグア率いるヒューロン族との全面戦争に突入します。マグアに捕らえられていたコーラは、救出が間に合わず、ヒューロン族の手によって刺し殺されてしまいます。彼女を救おうと飛び込んだアンカスも、宿敵マグアによって命を奪われます。逃走を図るマグアは、ホークアイの放った正確な銃弾によって谷底へ落ち、ついに討ち取られます。
物語は、若きアンカスとコーラの葬儀で幕を閉じます。白人のホークアイは生き残りますが、純血のモヒカン族はついに老いたチンガチックただ一人となりました。賢者タメヌンドが、モヒカン族の最後の一人が去って今や白人の時代がやってきたと嘆き、先住民の時代の終焉を宣言する場面で物語は終わります。




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