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フィリップ=K=ディック『ヴァリス』解説あらすじ

フィリップ=K=ディック
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始めに

 フィリップ=K=ディック『ヴァリス』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ドストエフスキー、ジョイス、プルーストの影響を受けたモダニズムバロック喜劇

 最大の技術的影響を与えたのがヴァン=ヴォークトです。 ヴァン=ヴォークトのプロットが目まぐるしく展開し、論理よりも感覚的な驚きを優先するスタイルを、ディックは熱心に研究しました。

 ディックは若い頃、純文学の作家を志していました。特にジョイス『フィネガンズ・ウェイク』や『ユリシーズ』に見られる意識の流れや複雑な言語感覚に心酔していました。またドストエフスキーの喜劇に刺激されました。

 シアドア=スタージョンは人間性や共感を重視したSF作家です。 スタージョンはSFに愛や孤独、異質なものへの共感を持ち込みました。​ディックの代表作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の根底にある共感こそが人間を定義するというテーマは、スタージョンの精神に近いものです。

 ユングは​作家ではありませんが、ディックの思想を語る上で外せません。ユングの集合的無意識や型(アーキタイプ)の概念は、ディックの作品に繰り返し登場します。

政治的信条は正反対に近い二人でしたが、ディックはハインラインを尊敬していました。

 ディックは良くも悪くも天才タイプの作品で、モダニズム的手法を取り入れたSF作家にはハーラン=エリスンなどあんまりパッとしない才能も多いなか、圧倒的な筆力を持っていて文豪クラスのポテンシャルを秘めている作家です。本人に影響したドストエフスキー(『罪と罰』)、ジョイス(『ユリシーズ』)のモダニズム喜劇にも引けを取らない実力を持っています。また小島信夫、ナボコフ(『ロリータ』)、ピンチョン(『重力の虹』)にも匹敵するか上回っています。

現実の不確かさ。神秘主義

​ ディックが生涯追い続けた現実とは何かという問いが、本作では最も過激な形で現れます。 我々が生きているこの世界は、実は西暦70年頃から時間が止まっており、邪悪な力によって現代という偽りの現実を見せられている牢獄である、という認識が描かれます。ローマ帝国は滅びていないという強烈なメタファーを通じて、真の現実から切り離された人間の盲目さを描いています。

 ​本作の最大の特徴は、語り手であるフィリップ・K・ディックと、その分身である主人公のホースラヴァー・ファットの分離です。​親友の死や自身の絶望に耐えきれず、精神を病んだファットと、​それを冷めた目で見守る作家ディック。神に出会った者は、他人からは狂人に見えるのか、あるいは狂気こそが神を見るための窓なのかという、宗教的体験と精神疾患の紙一重な関係がテーマとなっています。

 ​『ヴァリス』の背後には、古代のキリスト教異端思想であるグノーシス主義が色濃く反映されています。低級な造物主によって作られた偽りの世界から、真の知性体(VALIS)からもたらされる情報によって目覚め、救済されるというプロセスです。ディックにとっての神は、人格的な存在というよりは、世界を侵食し書き換えていく生きた情報システムとして描かれています。

物語世界

あらすじ

 ​1974年3月、カリフォルニア。主人公のホースラヴァー=ファットは、ドラッグと友人の自殺によって精神的に追い詰められていました。そんなある日、彼は配達に来た女性が身につけていたペンダントに反射したピンク色の光を浴びます。その瞬間、彼の脳内に膨大な情報が流れ込み、彼はこの世界は偽物であり真の現実は西暦70年で止まっているという驚愕の真実を想起してしまいます。


 ​物語の語り手である私(フィリップ・K・ディック)は、友人であるファットが狂っていくのを冷ややかに見守っていますが、実は私とファットは同一人物の二つの人格です。


 ​ファットは、自分にコンタクトしてきた知性体をVALIS(巨大にして生きている情報システム)と名付け、偏執狂的な日記を書き溜めます。そこに、毒舌な友人ケビンや、信仰心の厚いデヴィッドらが加わり、彼らはファットの妄想を解明するための議論に明け暮れます。


​ ​ある日、彼らは『ヴァリス』というB級SF映画を観に行きます。驚いたことに、その映画の中には、ファットがピンク色の光から得たはずの極秘のメッセージやシンボルが散りばめられていました。​「これは偶然ではない、映画の製作者は本物のVALISを知っている。そう​確信を得た一行は、映画のモデルとなったロック歌手エリック=ランプトンが住む屋敷へと乗り込みます。


​ ​屋敷で彼らは、エリックの娘であるソフィアという少女に出会います。彼女こそが現代に現れた救世主(ロゴス)であり、彼女の言葉によってファットの分裂していた精神は一時的に統合され、癒やされます。


 ​しかし、幸福は長く続きません。不慮の事故によりソフィアは命を落としてしまいます。救世主を失ったファットは再び狂気と絶望の淵に突き落とされ、新たな救世主を探すために世界中を放浪する旅に出ます。


 ​一方、語り手の私は、一人残されてテレビの砂嵐の中に神の啓示を探し続けます。

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