始めに
漱石『虞美人草』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
英露のリアリズム
夏目漱石は国文学では割と珍しく(露仏米が多い印象です)、特に英文学に創作のルーツを持つ作家です。特に好んだのは、英国のリアリズム作家(オースティン[『傲慢と偏見』]、ジョージ=エリオット、H=ジェイムズ[『ねじの回転』『鳩の翼』])でした。『三四郎』『それから』『こころ』『行人』『明暗』などの代表作も、そのような英国の心理リアリズム描写を範としますし、本作も同様です。
またロシア文学のリアリズムからも影響され、ドストエフスキー(『罪と罰』)などに似た心理リアリズムが展開されます。
ただまだ本作は『三四郎』などで作風が確立する前の作品で、こなれてなくて読みにくいです。
初期の作品
本作は初期の作品で『三四郎』などで心理劇としての作風が定まる前の作品です。
この時期の作品は『吾輩は猫である』なども顕著ですが英文学の伝統と江戸文芸の伝統のすり合わせの中で、自分の作家性を模索している感じの内容です。
本作では英文学のメレディス『エゴイスト』への引用が見えます。この作品では、家柄も財産も美貌も持ち合わせたサー=ウィロビー=パタンの恋愛を描きます。最初コンスタンシア=ダラムと婚約するが、彼女はやがてオクスフォード大尉のもとに去ります。ウィロビーは外遊ののち今度はクレアラ=ミドルトンと婚約するものの、ウィロビーの中に強いエゴイストの気質を見たクレアラは、彼への愛情を失い、ウィロビーの従兄で生真面目な学者ヴァーノンに心ひかれます。自分にこだわるウィロビーと世間の因襲を相手に、クレアラは婚約から逃れようとします。
こんな感じで、メレディス『エゴイスト』は男の傲慢と対比して新しい女性の活躍を肯定的に描いているのですが、漱石は本作にてむしろエゴイストの側をヒロイン藤尾にして、傲慢な新しい女の破滅を描きます。映画『プリティ=ウーマン』みたいな反動的脚色です。
サッカレー『虚栄の市』
本作はまた「虚栄の市」というフレーズが現れ、サッカレー『虚栄の市』に似た、虚栄心の強いヒロイン藤尾の破滅を描きます。
サッカレー『虚栄の市』のヒロインの一人のベッキー=シャープは、本作の藤尾と似た、蠱惑的ヒロインですが、貧しい画家とオペラ歌手の子で、藤尾と違って金銭的な余裕はありません。また、最後も少し報いを受けつつも破滅するほどではありません。
藤尾は別にベッキーのようにあれこれ知略を巡らせるのでもなく、ただ『ボヴァリー夫人』のように傲慢な夢想家なだけで、それに単純に漱石がこういう女性が嫌い故に不必要に周囲から咎められたりひどい目に遭うため、扱いの悪く不憫な印象もあります。
『三四郎』の美彌子に似た、ファム・ファタール的な藤尾ですが、やがて男たちに見捨てられて自殺します。
物語世界
あらすじ
甲野藤尾は虚栄心の強い美人。兄の欽吾が神経衰弱療養により、家督相続を放棄しているため、父の遺品でもある金時計と自らの美貌で、小野と宗近という二人の男性を秤にかけています。藤尾の実母は、口では継子の欽吾を心配しつつ、いずれは藤尾とその夫が亡夫の遺産を相続すると考えます。
小野は恩師井上狐堂の娘の小夜子を妻に娶ると約束しています。井上と小夜子は生活に窮し、小野を頼って上京してきます。
一方、快活な宗近は外交官の試験を勉強。欽吾の身を案じつつ、妹糸子と父親と暮らします。
ある日、藤尾、欽吾、宗近、糸子ら4人は上野恩賜公園で行われた東京勧業博覧会見物に行きます。小野は井上と小夜子を案内するものの、二人を休ませるべくカフェで休憩しているとき、藤尾たちに目撃されます。
欽吾は宗近宅を訪ねます。糸子は欽吾に思いを寄せるものの、欽吾は自分には養えないと断ります。欽吾は藤尾の気持ちを確認するものの、藤尾は小野に固執しています。
宗近は試験合格などの報告と、欽吾の心境を尋ねるため甲野家を訪れます。欽吾は継母の真意に沿うように自分が悪者になって家を捨て、財産を藤尾と継母に委ねるのだといいます。欽吾に宗近は糸子を娶るよう頼みます。
一方、小野に依頼された浅井は井上を訪ね、小夜子との縁談を破棄するよう頼みます。その替わりに生活の援助はするという小野の意思を浅井は伝えるものの、井上は激昂します。
悩んだ浅井は宗近に相談します。その頃、小野は藤尾との駆け落ちをすべきか迷います。そこに宗近が来て、真面目になるべきだと説得します。
父の肖像画だけを持って家を出ようという欽吾に継母は、これを押し留めます。そこに宗近と小野、小夜子が現れます。そして小野が、小夜子こそが彼の妻になる女だと紹介します。
藤尾は甲野家に戻り、小野に対面します。小夜子が自分の妻となる女性だと言われます。藤尾は宗近に金時計を見せつけるものの、宗近から突き放されます。
藤尾は毒をあおって自死するのでした。
参考文献
・十川信介『夏目漱石』
・佐々木英昭『夏目漱石』




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