始めに
サド『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義
父サド伯爵はモンテスキュー、ダルノー、ヴォルテールと親しくし、オルレアン公フィリップの攝政時代における風紀刷新に影響された世界観、京楽主義、文学への情熱をサドに伝えました。
サドはルソーを賛美し、そのロマン主義、自由主義を継承しました。
またダルノー、ジャン=ピエール=カミュの暗黒小説に影響されました。それからマシュー=グレゴリー=ルイス『マンク』などのゴシック小説に影響されました。
艶笑喜劇
サドは性愛を絡めた心理劇、思索などを特徴とし、独特の艶笑喜劇を展開します。
フィールディング(『トム=ジョーンズ』)、マリヴォー、リチャードソン、アベ=プレヴォーなどを、そうしたメロドラマの手本としました。
フィールディング(『トム=ジョーンズ』)はイギリスを代表する作家で、ピカレスクの伝統の上で性愛を絡めた独自のリアリズムを展開しました。フィールディングはモリエールを好み、モリエール『ドン=ジュアン』の雷オチは、本作とも共通です。またフィールディングにはリチャードソンの感傷小説『パミラ』のパロディとしての『シャミラ』や『ジョゼフ=アンドリュース』があり、美徳やモラルへの風刺的精神はそれと重なります。
リチャードソンは『クラリッサ』などで、道徳的な乙女が迫害され虐げれるプロットを展開し、この表象は本作への影響が顕著です。
アベ=プレヴォーには『マノン=レスコー』という、ジュリエットのようなファムファタール(マノンは評価が分かれますが)を描く物語があります。
啓蒙主義批判
テーマは、他者を完全に支配できる環境下で、人間はどこまで残酷になれるかという問いです。シリング城という外部から遮断された空間は、既存の法律や道徳が一切通用しない例外状態を象徴しています。4人の権力者が自ら法を作り、それを執行するプロセスは、近代における独裁や全体主義的支配の極端なシミュレーションとして読み解くことができます。
サドは啓蒙主義の時代に生きており、この作品には当時のあらゆる事象を分類・カタログ化しようとする理性への皮肉が込められています。120日間かけて、単純な情熱から複雑な殺人に至るまで、600種類の情熱(ペルヴェルシオン)を厳密に分類し、スケジュール通りに実行していく構成は数学的で冷徹です。感情を排除し、犯罪を事務的・組織的に遂行する様子は、理性が道徳を切り離した際に陥る非人間性を浮き彫りにしています。
サドの哲学において、自然は創造だけでなく破壊も求めているという考えがあります。自然が強者と弱者を作ったのであれば、強者が弱者を蹂躙するのは自然の摂理であるという徹底した反道徳的・無神論的スタンスが貫かれています。既存の宗教的価値観を徹底的に破壊し、人間の本能の中に潜む破壊衝動を肯定しようとする試みです。
物語世界
あらすじ
18世紀末、ルイ14世治下のフランスを舞台に始まります。権力と富の頂点に立つ4人の放蕩者(ブランジー公爵、その弟の司教、大法官キュルヴァル、徴税請負人のデュルセ)が、自分たちの飽くなき欲望を満たすための壮大な計画を立てます。彼らはドイツの黒い森(シュヴァルツヴァルト)にある、外部から完全に遮断された絶壁の上の要塞シリング城に立てこもります。 主人という4人の権力者、語り手である欲望を刺激する話を聞かせる4人の元娼婦、犠牲者として選び抜かれた美少男・美少女各8名。奉仕者の屈強な男たちや下働きなどがそこにいます。
物語は11月から翌年2月までの4ヶ月間にわたり、毎日午後に行われる語り手の独白を中心に進行します。サドは人間の情欲を4つのカテゴリーに分類し、各月で実行に移していきます。第1月(11月)は単純な情熱、第2月(12月)は複雑な情熱、第3月(1月)は犯罪的な情熱、第4月(2月)は致命的な(殺人を伴う)情熱。毎晩、語り手が自らの経験した数々の背徳的なエピソードを披露し、4人の主人はそれを聞きながら、城内の犠牲者たちに対してその行為を実際に、あるいはさらに残酷に再現・実行します。
物語が進むにつれ、城内での行為はエスカレートし、凄惨さを極めていきます。当初16人いた少年少女たちは、主人の恣意的な暴力や致命的な情熱の実行によって次々と命を落としていきます。現存する草稿では、最終的に生き残ったわずかな者たちとともに、主人がパリへ帰還するところで終わっています。



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