始めに
ジョン=リリー『月の男エンディミオン』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ジョン=リリーの作家性
リリーの文体の最大の特徴である奇妙な動植物の性質を引き合いに出した比喩の多くは、プリニウスの『博物誌』に基づいています。科学的な正確さよりも、議論に説得力や華やかさを添えるための不自然な博物学として利用されました。
『ユーフュイーズ』という名前自体、エラスムスも高く評価していたロジャー=アスカムの著書から取られていますが、思想背景にはエラスムスの『格言集』や教育的人文主義があります。言葉の洗練を通じて知性と徳を磨くという姿勢は、リリーの文体の根底に流れています。
イタリア・ルネサンスの礼法書『廷臣論』の影響が色濃く見られます。宮廷における適切な振る舞い、機知に富んだ会話、恋愛の作法といったテーマは、リリーが描く貴族社会の理想像と密接に結びついています。
オウィディウスやウェルギリウスは当時の教養人の共通言語であった古典詩人たちです。特に彼の戯曲の『ガラテア』やジョン=リリー『月の男エンディミオン』などにおいては、神話的モチーフの借用だけでなく、洗練された詩的レトリックにおいて彼らを模範としていました。
女王への忠誠
この作品の最も表面的な、かつ当時の宮廷において重要だったテーマは、女王エリザベス1世への絶対的な忠誠です。シンシアはエリザベス女王の象徴、エンディミオンは女王に仕える廷臣(一説にはレスター伯ロバート・ダドリー)の象徴、テルスは地上的肉体的な愛の象徴です。
エンディミオンがテルスを拒絶し、到達不可能なシンシアに献身を誓う姿は、女王への愛は、肉欲を超越した精神的政治的な忠誠であるべきだという当時の宮廷イデオロギーを体現しています。思想的な側面では、ルネサンス期に流行した新プラトン主義が色濃く反映されています。低俗で移ろいやすい地上の愛(テルス)から、不変で神聖な天上の知性(シンシア)への上昇が描かれます。エンディミオンが長い眠りに落ちるという設定は、魂が肉体の束縛を離れ、神聖なヴィジョンに浸るプロセスとして解釈されます。
リリーの作品全般に通じるテーマですが、言葉の秩序が世界の秩序を映し出すという美学的テーマがあります。登場人物たちが駆使するユーフュイズムは、混沌とした感情を論理的・装飾的な枠組みの中に閉じ込めるための装置です。特に道化や召使いたちによるサブプロットでは、言葉遊びを通じて、高潔なメインプロットを皮肉に相対化する構造が見られます。
物語世界
あらすじ
主人公の廷臣エンディミオンは、月の女神シンシアに対して、地上の人間には到底届かない高潔な愛を捧げています。これに激しく嫉妬したのが、かつてエンディミオンが愛した大地の女神テルスです。彼女は自分を捨てて月を追い求める彼を許せず、魔女ディプサスに依頼して、エンディミオンに解けない眠りの呪いをかけさせます。
エンディミオンは深い眠りに落ち、そのまま40年の歳月が流れます。彼の体は老いさらばえていきますが、眠りの中で彼は月の輝きの夢を見続けています。
一方、彼の親友ユメニデスは、友を救う方法を探して旅に出ます。彼は真実の泉に辿り着き、そこでシンシアのキスだけが、エンディミオンを目覚めさせることができるという神託を得ます。
ユメニデスの願いを聞き入れたシンシアは、眠り続ける老人エンディミオンに近づき、彼にキスを授けます。目覚めたエンディミオンに対し、シンシアはその忠誠を認め、彼の若さを回復させます。しかし、二人が結ばれることはありません。エンディミオンはあくまで地上の臣下として、天上にある月への永遠の献身を誓い、秩序が保たれた状態で幕が閉じます。
メインプロットの高潔な愛を皮肉に映し出すのが、騎士サー=トファスの物語です。エンディミオンが若く美しい月の女神を愛するのに対し、トファスは醜く恐ろしい老魔女ディプサスに恋をします。彼は仰々しい言葉(ユーフュイズムのパロディ)を使って彼女を口説きますが、その姿は滑稽そのものです。




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