始めに
ベン=ジョンソン『錬金術師』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ベン=ジョンソンの作家性
ジョンソンは新古典主義者であり、ローマ時代の規範を絶対視していました。ホラティウスはジョンソンが最も崇拝した詩人です。ホラティウスの『詩論』を英訳しており、詩の目的は教え、かつ楽しませることにあるという信条をそのまま受け継ぎました。マルティアリス はエピグラムの達人で、ジョンソンの鋭い社会風刺や、簡潔で洗練された詩のスタイルは、マルティアリスの影響を強く受けています。プラウトゥスとテレンティウスはローマ喜劇の大家です。彼らのプロット構成やストック・キャラクターの手法を、ジョンソンは自身の気質喜劇の土台にしました。また悲劇作品においては、セネカの重厚で格言的な文体と、政治的な陰謀を描くスタイルを模倣しました。
ジョンソンは、演劇における三一致の法則を厳格に守ろうとしました。これはアリストテレスの『詩学』に基づく規範であり、奔放な構成を好んだシェイクスピアとは対照的な姿勢です。ジョンソンはシェイクスピアの才能を認めつつも、彼が古典のルールを無視し、ラテン語もギリシャ語もろくに知らないことを公然と批判しました。しかし、このライバル関係こそが、ジョンソンの写実的で論理的な作風をより研ぎ澄ませる結果となりました。
古代の医学者たちの体液説は、彼の代名詞である気質喜劇の根幹です。人間は4つの体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)のバランスで性格が決まるという理論を、彼はキャラクター造形に鮮やかに応用しました。
タイトルの意味など
この劇に登場する騙される側たちは、みな一様に楽して大金や名声を手に入れたいという強烈な欲望を持っています。サー=エピキュア=マモンは無限の富と快楽を夢見る騎士、トリビュレーションは世俗的な力を欲しがる清教徒の牧師、エイベル=ドラッガーは商売繁盛を願うタバコ屋です。ジョンソンは、錬金術という非科学的な奇跡を信じてしまうのは、彼らが愚かだからというだけでなく、欲が理性を麻痺させているからだと喝破しています。
本物の錬金術師は鉛を金に変えようとしますが、劇中の詐欺師サトルは、難解な専門用語を使ってカモたちの財布から金を吸い上げます。ジョンソンは、もっともらしく聞こえる専門用語やレトリックがいかに人を欺く道具になるかを批判的に描きました。つまり、この舞台で行われているのは化学反応ではなく、言葉によって虚像を作り出すという言語的錬金術なのです。
宗教風刺、演劇のメタファー
当時、勢力を強めていた清教徒への痛烈な皮刺も大きなテーマです。劇中の清教徒は信仰を口にしながら、実際には錬金術で得た富で自分たちの勢力を拡大しようと企みます。ジョンソンは、道徳を説く者たちが裏で抱える偽善を暴き出しました。
詐欺師たちが衣装を着替え、役を演じてカモを騙す様子は、演劇そのもののメタファーでもあります。観客はこれは作り話だと分かって見ていますが、劇中のカモたちはこれは現実だと信じ込んでいます。ジョンソンは、劇場で騙されて楽しむ観客と現実で欲に目が眩んで騙される人々を対比させます。
物語世界
あらすじ
1610年のロンドン。ペストの流行を避けて主人が田舎へ避難し、空っぽになった屋敷が舞台となります。屋敷の留守番を任された使用人のフェイスは、錬金術師を名乗るペテン師のサトル、そして情婦のドール=コモンと結託します。彼らはこの屋敷を拠点に、どんな金属も金に変える『賢者の石』を作れるという触れ込みで商売を始めます。
噂を聞きつけ、欲望に目がくらんだ人々が続々と屋敷を訪れます。ダッパーは弁護士の書記でギャンブルで勝てる幸運の妖精に会おうとします。エイベル=ドラッガーはタバコ屋で、商売繁盛の店構えを占おうとします。サー=エピキュア=マモンは富豪騎士で、賢者の石を手に入れて、無限の富と不老不死、そして究極の贅沢を手に入れようとします。アナニアスとトリビュレーションは清教徒で、教会の勢力拡大のために金をえようとします。
詐欺師3人組は、ある時は錬金術師、ある時は軍人、ある時は妖精の女王に変装し、あともう少しで金が完成するが、追加の資金が必要だと言葉巧みに彼らから金品を巻き上げます。
詐欺師たちは、複数の客が鉢合わせしないよう必死で立ち回ります。しかし、懐疑的な男サーリーが変装して潜入し、詐欺を暴こうとしたり、美しい未亡人プライアント夫人を巡って詐欺師同士が仲間割れを始めたりと、事態はどんどん混沌としていきます。絶好調で詐欺を続けていた矢先、予定より早く主人のラヴウィットが帰宅してしまいます。近所の人々から屋敷に怪しい出入りがあったと告げられ、絶体絶命のフェイス。
しかし、ここからがフェイスの真骨頂です。彼はサトルとドールを裏切って追い出し、すべての罪を彼らに着せます。さらに、カモの一人だったプライアント夫人を主人に紹介して結婚させ、主人の機嫌を取ることに成功します。結局、カモたちは一銭も取り戻せず、主人は若くて裕福な妻を手に入れ、要領のいい使用人フェイスだけがちゃっかり許されます。




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