はじめに
ドストエフスキー『ネートチカ・ネズワーノワ』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
ゴーゴリからバルザック風のリアリズムへ
ドストエフスキーはキャリアの初期には特に初期から中期のゴーゴリ(「鼻」「外套」)の影響が強く、『貧しき人々』も書簡体小説で、繊細かつ端正なデザインですが、次第に後期ゴーゴリ(『死せる魂』)やバルザック(『従妹ベット』)のリアリズムから影響されつつ、独自のバロック的な、アンバランスなリアリズム文学のスタイルを確立していきます。
本作はキャリア前期の作品でそうしたスタイルの固まる前の作ですが、すでにそうした作家性の萌芽が見えます。
バルザックにおける不幸な結婚
バルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)はシスコンで、そのために不幸な結婚をした妹たちを非常に哀れみ、そこから『従妹ベット』など、不幸な結婚、不幸な妻の表象を作品に展開しました。
ドストエフスキーも『やさしい女』などでそうした表象を継承します。本作でも結婚をめぐる悲喜劇が描かれます。
保守主義と、ロマン主義・合理主義
本作においては恋愛における心理をリアリスティックに展開していきます。
ドストエフスキーは『罪と罰』では、理想と承認欲求と孤独を拗らせ、自己の存在価値を確かめるために無意味な殺人に走るラスコリニコフを描きました。『悪霊』では実践に根ざさない理想主義がカルト的なコミュニティを形成し、破滅的な顛末を辿るまでが描かれました。本作でも自意識や利己性をこじらせた男たちの姿を描きます。
継父イェフィーモフがロマン主義的エゴイズム、後見人のピョートル=アレクサンドロヴィッチが合理主義的なエゴイズムを体現し、それをヒロインで語り手のネートチカ=ネズワーノワの視点から描きます。
語りの構造
本作ではネートチカ=ネズワーノワが語り手です。物語は彼女の成長譚です。
ネートチカの父親は彼女が2歳の時に亡くなり、母親はその後イェフィーモフという音楽家と再婚します。その後その2人も死に、ネートチカは、さらに侯爵令嬢カーチャの義姉に当たるアレクサンドラ=ミハイロヴナの家に引き取られます。
イェフィーモフは自己実現にとらわれて家庭を顧みず、最後は自分の才能に絶望して発狂して死にます。『罪と罰』のラスコリニコフ的な、自己実現のロマン主義的な狂気をこじらせてしまった存在です。
アレクサンドルの夫ピョートルは合理主義的なエゴイズムを体現し、虚栄心と嫉妬に苛まれて妻アレクサンドラを苦しめます。『やさしい女』の語り手などと重なるキャラクターです。
そんな二人と関わり、相対化もしていく中で、ネートチカ=ネズワーノワは成長していきます。
物語世界
あらすじ
ネートチカ=ネズワーノワは、2歳の時に父が亡くなり、その後母が再婚したのはイェフィーモフという音楽家でした。このイェフィーモフは、ネートチカの母親が遺産として受け取った千ルーブリの金を当てに彼女と結婚したものの、結局その金もまたたくうちに使い果たして、家族は貧乏にあえぎます。しかし、イェフィーモフは自分は音楽の天才だと称して自尊心ばかりが強く、オーケストラの楽士たちともすぐにトラブルを起こして、ろくな仕事にもつかず妻にすがりついていました。
イェフィーモフはもともとある地主のオーケストラのクラリネット奏者でしたが、ある時からイタリア人の指揮者と仲良くなり、しばらく親しくしていたものの、突然その指揮者が亡くなり、彼にバイオリンを遺しました。そのうえ彼はその指揮者からバイオリンを教わり、バイオリンの腕前は身につけていました。
やがて、イェフィーモフは自分の力を世間に示すにはサンクトペテルブルクに出るしかないと思い、サンクトペテルブルクに出てそこでバイオリニストのBという男と知り合います。Bはまじめで目標に向かって進んでいく性格ですが、イェフィーモフの方はすでに若さを失い、自分は音楽の天才であるという幻想、自己満足のなかにありました。
やがてイェフィーモフは飲酒に耽るようになり、バイオリンも手にすることもなく、次第に落ちぶれます。またBとも喧嘩して、彼に紹介されて入ったオーケストラも追い出されます。ちょうど結婚して2年半の頃で、ネートチカは4歳半でした。それから長い間イェフィーモフは、妻に頼って暮らしていました。
ネートチカの物心がついたのは10歳の頃でした。ネートチカは家では母に怒鳴られ、虐げられる継父が可哀想な受難者に思え、いつしか継父を愛おしく思います。彼女は家の悲劇を母のせいだとみます。そのためある時Sというバイオリニストの演奏会の切符を手に入れるため、母親の給料から15ルーブリをくすねて継父に渡そうとしたこともありました。失敗したものの、継父はBのとりなしもあって音楽好きの公爵から演奏会の招待状を受け取りその演奏会へ行ったのでした。しかし、その演奏会へ行ったことによって継父イェフィーモフは破局していきます。継父が演奏会から帰ってきたその夜に母は亡くなります。イェフィーモフは妻の霊前でバイオリンを弾き、彼女を置いて娘と家をあとにします。娘は途中で母のところに戻ろうとするものの、イェフィーモフはそのまま戻って来ませんでした。イェフィーモフは天才Sの演奏を聴いて自分の身の程を知り、絶望しました。母の死で己を縛るものは何もなくなったため、自分で自分を裁こうとしたのでした。
ネートチカは、継父の後ろ姿を追いかけながら、失神して倒れます。気がつくとベッドの上でした。ネートチカが倒れたのは音楽好きの公爵邸の前で、貧乏楽士イェフィーモフの娘であることを知った公爵はその偶然に心を打たれ、娘を自分の子供達と一緒に育てようとしたのでした。継父イェフィーモフは発狂し、病院に送られ2日後に亡くなったおネートチカは知らされます。
やがてネートチカは元気を取り戻し、モスクワからきた公爵の娘カーチャと生活を共にします。ネートチカは、カーチャの美しさに心を奪われます。
はじめのうちカーチャはネートチカに戸惑っていたものの、やがて2人は惹かれ合います。しかし、2人の親密ぶりを心配した公爵は、やがて2人を遠ざけます。カーチャは再びモスクワの公爵家へ移されたのでした。
ネートチカは、その後公爵夫人の先夫との間に生まれた娘アレクサンドラ=ミハイロヴナの家に引き取られます。アレクサンドラ=ミハイロヴナは財産もあり立派な官等のピョートル=アレクサンドロヴィッチという男と結婚していました。しかし彼女と夫の関係は良くないのでした。
ネートチカは、この家の養女となりここで8年間過ごします。アレクサンドラ=ミハイロヴナは、やがて夫との間に2人の子を儲けるものの、自分の子供とネートチカを差別したりせず、娘として愛してくれました。ネートチカは、その家で教育を授けられるものの、やがて彼女はこの家の図書室から本を持ち出して本の世界に浸かります。
しかし、偶然本の間に挟まれた、アレクサンドラ=ミハイロヴナに宛てたある男性からの手紙を読んだことで、この夫婦の間の秘密を知ります。その手紙は、アレクサンドラ=ミハイロヴナへ向けた最後の別れの手紙でした。アレクサンドラ=ミハイロヴナはすでに結婚していたものの、ある男と恋に陥り、世間の噂となり、激しい非難が浴びせられました。夫はそれを知った上で男に手を引かせ、アレクサンドラ=ミハイロヴナの名誉を守ろうとしたそうです。文面からその男がアレクサンドラ=ミハイロヴナの窮地を救うために自ら身を引くことが書かれていました。
ネートチカはこれに激しく動揺します。そして図書室で手紙を読んでいるところをピョートル=アレクサンドロヴィッチに見つかってしまい、彼はネートチカからその手紙を奪い、一瞬手紙に目を通します。ネートチカは必死で彼にしがみついて、手紙を取り戻します。
しかし手紙をめぐる2人の争いはアレクサンドラ=ミハイロヴナのいる場所に引きずり出されます。アレクサンドラ=ミハイロヴナの前でピョートル=アレクサンドロヴィッチはネートチカに手紙について問いただします。ネートチカは手紙のことが自分にも、さらには夫にも知られることになればアレクサンドラ=ミハイロヴナは破滅するだろうと、必死で手紙のことを隠します。ピョートル=アレクサンドロヴィッチは手紙のことを執拗に追及します。
しかし、途中からピョートル=アレクサンドロヴィッチがこの手紙をネートチカの恋人からものと勘違いしているらしいことに気づきます。そこで、ネートチカは夫に合わせるように、手紙は自分の恋人からの恋文であると嘘の自白をします。その結果、秘密は守られるものの、3人の関係は修復できないものとなります。
ネートチカは、結局その後、ピョートル・アレクサンドロヴィッチのところへ行き手紙を渡し、それがネートチカへの恋文ではなくアレクサンドラ=ミハイロヴナ宛ての手紙であることを伝えます。夫の虚栄心と嫉妬に狂ったエゴイズムによりアレクサンドラ=ミハイロヴナがどれほど苦しんでいたか夫に分からせるとともに、自分はそれを見抜いていることを伝えようとします。
(未完)



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