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遠藤周作『白い人』解説あらすじ

遠藤周作
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はじめに

 遠藤周作『白い人』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

カトリック文学

 遠藤周作はカトリックの作家です。サド、ペギィ、堀辰雄、ジャック=リヴィエールなどの影響から、独特のロマン主義を形成していきました。

 サドのグランギニョルやゴシック風味から、遠藤は影響されています。

 ペギィもカトリックに改宗した人道主義者で影響があります。

 堀辰雄とは個人的に面倒をみてもらいました。堀は芥川龍之介の弟子筋ですが、周作の作品は芥川と重なるところがあります。

サドと悪魔

 先にも言ったように、遠藤はサドから影響が顕著です。サドは『ジュスティーヌ』『ジュリエット』でも、快楽と暴力に彩られる世界を描きましたが、本作はそのようなグロテスクなモチーフを、舞台を第二次大戦中のリヨンに移して展開していきます。

 サドの悪徳を描くプロットは、本作では神を否定する悪魔的な男の造形に手伝っています。

語りの構造

 物語は1944年の7月、聯合軍がヴァランスに迫り、主人公の住むリヨンにやがてナチスの手が迫る頃、主人公〈私〉の手記による回想形式ではじまります。

 この私は、コンプレックスが強く、自分の醜い要望を憎み、神を恨んでいます。そして暴力と性を愛しています。神を信じるジャックという青年に恥をかかされたので、彼とその恋人マリを憎んでいます。

 本作はそんな私は、やがてナチスドイツがリヨンを占領するに到ると、拷問のよろこびを味わうために抗独運動を行なっているマリを捕縛するドイツ側に身を置き、マリをジャックの前で虐げ、ジャックを自殺に追い込み、マリは発狂します。

 神に背く悪になろうとした語り手ですが、神を信じるジャックが神に背く自殺をしたために、自分の存在理由を問い直される、という内容です。

物語世界

あらすじ

 物語は1944年の7月、聯合軍がヴァランスに迫り、主人公の住むリヨンにやがてナチスの手が迫る頃、主人公〈私〉の手記による回想形式ではじまります。

 幼時斜視のため、父からさげすまれて育った私は、母の禁欲主義的な教育をうけて成人するものの、12歳のころ、女中のイボンヌが病める犬をいためつけている姿を見て、そのイボンヌの白い腿に性欲をおぼえます。母の純潔主義教育はこのとき崩れ、虐待の快楽を知ります。
 中学を終えるころ、私は父に伴われてアデンに赴きます。父はホテルに息子を置き去りにし、私は往来で裸体のアラビア娘が一人の少年をいためつける姿を見ます。二人は曲芸帥でした。

 翌日、私は物乞いをしている少年を虐待し、快楽を知ってホテルに帰ります。
 父が大学入学の年に死に、私は嗜虐の喜びの中に自分を解放したく感じます。校内のプールで泳ぐため、女子学生たちが下着を脱ぎすてていて、私は思わずそれを手にとり、ジャック=モンジュという神学生に咎められ「豚」と罵られます。この屈辱に、私はいつか復讐しようとします。

 私は自分が醜いために、女たちから愛されないものと決めこんでいます。そしてジャックの信じる神を憎み、逆の立場に自分を置こうとします。ジャックとつきあっているマリ=テレーズを憎むものの、信者であるジャックの憎しみをわざと求めているように見えます。

 翌年、母が死に、私は自由の身となり、やがてナチスドイツがリヨンを占領するに到ると、拷問のよろこびを味わうために抗独運動をひそかに行なっているマリを捕縛するドイツ側につきます。
 私は悪を志し、拷問者たちに接近します。抗独運動家たちの連絡係をやっていたジャックが逮捕されると、ジャックへの拷問を行ない、マリ=テレーズをジャックの前で責めます。
 ジャックの意外な自殺によって、呆気なく事件は終わります。神を信じるジャックが、その掟に背く自殺をしたため、悪の側に立つ主人公のアイデンティティは揺らぎます。

 ジャックの死を知ったマリ=テレーズは発狂してしまいます。
 リヨンの炎上の予想によって、物語は締めくくられます。

参考文献

・加藤宗哉『遠藤周作』

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