始めに
オースティン『分別と多感』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
リアリズム作家として
しばしば勘違いされますが、ジェーン=オースティンは、ヴィクトリア期の作家ではなく、またシャーロット=ブロンテ(『ジェーン=エア』)のようなロマン主義に括られる作家でもなく、摂政時代の風刺的な喜劇作家です。
オースティン『傲慢と偏見』においても、登場人物のグロテスクなまでのリアリズムで、社交界の実態を嘲笑する描写はドストエフスキー(『罪と罰』)や、オースティンに私淑した夏目漱石(『こころ』)とも重なります。
階級という制度の中での戦略的コミュニケーション
本作はアッパークラス、アッパーミドルクラスの世界に生きる人々の結婚を巡る物語になっていて、家族をとりまく人間関係が詳細かつ丁寧に描写されています。
他の作品では例えば冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、ハメット『マルタの鷹』『血の収穫』、谷崎潤一郎『卍』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』などに近いですが、エージェントが制度や共同体のなかでそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯する中でドラマが展開されていきます。
本作に描かれる階級
当時のイギリスの上流階級は、貴族院に議席を持ち爵位のある貴族とそれ以外の大地主階級(ジェントリ)に分けられ、ジェントリ階級においても格の上下がありました。年収、親戚、血統などでそれは区分されました。
本作品の登場人物はほとんどがジェントリ階級かその出身で、このアッパークラス、アッパーミドルクラスの世界をえがいていたのがオースティン文学です。ジェントリは生活のための労働をしないことをステータスとしていて、男子は軍人、牧師、役人などになったたり、裕福な財産を相続した相手と結婚したりするので、オースティン文学に描かれる結婚にはさまざまな戦略が見え隠れすることになります。
タイトルの意味
タイトルの「分別と多感」とは、ダッシュウッド姉妹のことです。
エリナー・ダッシュウッドはダッシュウッド家の長女で、知的で思慮深く、恋に対しても分別をもっています。マリアン(マリアンヌ)・ダッシュウッドはダッシュウッド家の次女で、情熱的で多感。すぐに感情を行動で表すタイプです。
基本的にオースティン文学ではこの多感さは風刺の対象で、本作もマリアンのはた迷惑さが描かれ、他の作品で描かれる不倫や駆け落ち、妄想などと重なります。ほかの作品のヒロインでは『ノーサンガー=アビー』と重なります。
エリナーの方は現実的なヒロインで、『マンスフィールド=パーク』『説き伏せられて』と重なります。
オースティンのメロドラマの特徴
オースティンは階級を前提とした結婚をめぐってリアリスティックな心理劇として作品を展開するものの、決して結婚の打算的な側面ばかりを描くものでもありません。
相手に宿る上流階級らしい優雅な振る舞いだったり社交の機知だったり、そうした部分も重視されます。
そしてオースティンのメロドラマで典型的なプロットは、『分別の多感』のウィロビーなどのような、ヒロインの結婚候補者としての当て馬的なキャラクターが出てきて、しだいに彼が馬脚を現して、別の男と結婚する、という展開です。当て馬キャラは『傲慢と偏見』のウィカム、『ノーサンガー=アビー』のヘンリー、『説き伏せられて』のウィリアムなど、様々です。
物語世界
あらすじ
ダッシュウッド家の主人は指定相続人である息子ジョンに義母と腹違いの娘たちの後援を頼んで亡くなります。しかしジョンは妻のファニーに指示され、財産をちっとも譲らず、後妻のダッシュウッド夫人とその娘たちは客の立場になり、金銭面に困ります。
ファニーの弟のエドワードはやがて同居、長女のエリナーと惹かれ合います。エドワードは多大な財産を相続する可能性があります。ファニーはそれも気に入らず、ダッシュウッド夫人たちは、従兄妹のサー・ミドルトンの後援を得られることになり、屋敷を離れてバートン・コテージに引っ越します。
姉妹は叔母の財産を相続できるというウィロビーと知り合います。一方でブラントン大佐もマリアンに恋をし、拒絶されながらも思い続けます。 突如ブラントン大佐はロンドンへ行き、ウィロビーとエドワードも去っていきます。
ミドルトン夫人の母親であるジェニングズ夫人がミドルトン夫妻の屋敷に滞在すると、エリナーとマリアンは気に入られます。ジェニングズ夫人が年末にロンドンへ帰ることになると、2人を招待します。エリナーはロンドンでウィロビーに会える期待で招待を受けます。
ロンドンでウィロビーに再会するものの無下にされ、絶縁の手紙を受け取るとマリアンは絶望します。ブラントン大佐はウィロビーが自分が親代わりに保護している女性を捨てたことを知っており、そのことをエリナーにのみ明かし、ウィロビーとマリアンが婚約しなかったことを安堵させます。
一方でエリナーはスティール姉妹がロンドンに滞在するミドルトン夫人に気に入られて付き合いが出来ます。スティール姉妹の妹であるルーシーはエリナーに自分はエドワードの婚約者であることを知らせ、エドワードに愛されている証拠を見せます。エリナーはエドワードを諦めます。エドワードにはすでに母と姉が資産家の女性との縁談をお膳立てしていたため、母と姉から婚約を破棄するように言われ、拒絶して勘当されます。
ダッシュウッド姉妹は母の元に帰りたくなるめのの、ジェニングズ夫人は姉妹を気に入って、返したくありません。そのため妥協案として姉妹の住んでいる場所に近いパーマー夫妻の屋敷にジェニングズ夫人と滞在することになります。しかしマリアンは心労から体調を崩し、ブラントン大佐が母親のダッシュウッド夫人を連れて来ることになります。
しかしウィロビーがやってきて、彼は自分の過ちのためにブラントン大佐の保護している女性を無下に捨ててしまい、ブラントン大佐が怒ったので、その話がスミス夫人というウィロビーに遺産を残すはずの女性に知られ、その話がなくなったこと、そしてそのため金のために結婚する羽目になったこと、マリアンをまだ愛していること、などをエリナーに伝えます。マリアンが死ぬと思い駆けつけたものの、生命の危機はないと知って去っていきます。
やがてルーシー・スティールが結婚したことを知るがロバートであったことをエリナーの許にやってきたエドワード本人から知らされます。エドワードは自分が過去の成り行きからルーシーと婚約したこと、婚約を破棄しなかったこと、しかしルーシーは去ってエドワードの代わりに莫大な資産を受け取ったロバートがルーシーと結婚したことを伝えます。
エリナーはエドワードと結婚し、ブラントン大佐から与えられた聖職に付き、勘当を取り消されます。マリアンもブラントン大佐と結婚したのでした。
参考文献
新井潤美『自負と偏見のイギリス文化:J・オースティンの世界』(2008.岩波書店)




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