始めに
エンデ『モモ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
エンデの作家性
エンデにとって最大の影の影響者は、間違いなく父エドガーです。父の描く幻想的で謎めいた絵画に囲まれて育ったため、目に見える現実の裏側にある真実を見る眼養われました。 彼の短編集『鏡のなかの鏡』は、父の絵からインスピレーションを得て書かれた作品として有名です。
エンデの作品に流れる詩的な精神や無限への憧憬は、18世紀末から19世紀のドイツ・ロマン派に根ざしています。ノヴァーリスからは世界は詩にならなければならないという思想を継承しています。ホフマンの奇想天外な幻想と現実が入り混じる物語の手法は、エンデのファンタジーの土台となりました。
エンデは20代の頃にシュタイナーの人智学(アンソロポジー)に出会い、深い感銘を受けました。彼はシュタイナー学校の教育理念に共感し、人間の魂や精神の成長を重視する姿勢を作品に反映させています。『モモ』における時間の捉え方にも、その影響が見て取れます。
ダンテ『神曲』はエンデにとって重要な参照点であり、壮大な叙事詩的構造の影響を受けています。エンデは若い頃俳優を目指しており、劇作家ブレヒトの異化効果に影響を受けました。しかし、後に政治色の強いブレヒト流のリアリズムからは距離を置き、独自のファンタジーへ向かいます。エンデは日本を含む東洋の哲学にも非常に造詣が深かったことで知られています。物語のなかで、形のないものや、目に見えない価値を扱う手法には、禅や東洋的な思考が反映されています。
消費社会批判
作中で有名な一節に、時間は生命であり、それは心の中に宿るものであるという考え方があります。 灰色の男たちが勧める効率化や節約によって、人々の生活から余裕が消えていきます。エンデは、時間は単なる数字や物理的な長さではなく、どう感じ、どう生きたかという質の充実こそが本質であると説いています。灰色の男たちは将来の幸せのために今を削れと誘惑しますが、それは結局、二度と戻らない今という命をドブに捨てさせているのと同じなのです。
主人公モモの最大の才能は、魔法を使えることでも、特別な知恵があることでもありません。ただ相手の話を聴くことです。モモに話を聴いてもらうと、人々は自分の中にあった答えに気づき、自分自身を取り戻します。 現代社会では効率的な情報伝達ばかりが重視され、相手の心に寄り添う深い対話が失われがちです。エンデは、じっくりと聴くことが、バラバラになった人間関係を修復する唯一の手段であることを示唆しています。
灰色の男たちは、現代の消費社会や成果主義の象徴です。灰色の男たちは無駄な時間としての遊び、おしゃべり、空想、休息を削るよう強要します。しかし、それらの無駄こそが、人生を彩る大切な要素であることを物語は教えてくれます。時間を節約すればするほど、人々は豊かになるどころか、不機嫌で、せっかちで、冷淡な人間になっていきます。
物語世界
あらすじ
ある街の端にある古い円形劇場の遺跡に、どこからともなくモモという少女が住み着きます。彼女には特別な力がありました。それは相手の話をじっくり聴くこと。彼女に話を聴いてもらうだけで、喧嘩をしていた人は仲直りし、子供たちは豊かな想像力で遊び始めます。無口な掃除夫のベッポや、おしゃべりな観光ガイドのジジなど、街の人々はモモを愛し、彼女の周りには穏やかで豊かな時間が流れていました。
そんな平穏な街に、山高帽をかぶり、灰色のスーツを着て、灰色の葉巻をくゆらせる時間の貯蓄銀行の男たちが現れます。彼らは無駄な時間を節約して銀行に預ければ、利子がついて将来何倍にもなると人々を言葉巧みに騙します。人々は、理髪店での世間話や、子供と遊ぶ時間、お年寄りの世話をする時間を無駄として削り、必死に働くようになります。しかし、節約すればするほど、人々の心からは余裕と笑顔が消え、街全体が冷たく殺伐とした雰囲気に包まれていきました。
灰色の男たちの正体は、人間から奪った時間を食べて生きる怪物でした。唯一、彼らの誘惑に屈しなかったモモは、男たちに命を狙われます。
絶体絶命のモモを救ったのは、不思議なカメのカシオペイアでした。カシオペイアに導かれ、モモは時間の源を司るマイスター・ホラの館へとたどり着きます。モモは、時間の本当の姿である「時間の花」を見せられ、世界を救うために立ち上がることを決意します。たった一輪の時間の花を手に、時間が止まった世界で、モモは灰色の男たちとの最後の戦いに挑みます。時間の花が咲いている1時間だけ、モモは止まった世界の中で動くことができます。
時間が止まると、灰色の男たちは新しい時間を盗むことができなくなります。彼らは自分たちの命綱である時間の葉巻を奪い合い、仲間割れを始めて自滅していきます。
モモはカメのカシオペイアに導かれ、灰色の男たちが盗んだ時間を貯蔵している秘密の倉庫にたどり着きます。モモが時間の花で倉庫の扉に触れると、凍りついていた膨大な時間の花たちが一斉に解き放たれ、本来の持ち主である人々の元へ帰っていきました。 最後の葉巻を使い果たした灰色の男たちは、煙のように消えてなくなりました。
世界に再び時間が流れ始めます。人々は効率や節約を追い求めるのをやめ、再び心ゆくまで友人と語り合い、子供たちは道で遊び、世界にはゆとりと温かさが戻りました。
物語の最後、モモはかつての親友である掃除夫のベッポやジジと再会します。円形劇場の跡地にはたくさんの人々が集まり、賑やかなお祭りのような光景が広がります。マイスターホラとカシオペイアも、それを見守りながら静かに微笑んでいます。




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