始めに
クノー『文体練習』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
クノーの作家性
クノーはジョイス『ユリシーズ』に強い衝撃を受け、言語の多義性や造語、百科事典的な構成に影響を受けました。『文体練習』に見られる変奏の精神は、ジョイス的な実験精神の延長線上にあります。
また数学者であり作家でもあったキャロルは、クノーにとって理想的なモデルでした。ナンセンス文学や論理的な遊び、言葉遊びへの愛着は、キャロルからの影響が見えます。フローベールは『ブヴァールとペキュシェ』に見える百科事典的な知識の集積とその滑稽さ、そして既存の形式への風刺を継承します。またセリーヌが『夜の果てへの旅』で見せた話し言葉を文学に取り込む姿勢は、クノーに影響しています。
またヘーゲル哲学の権威であるコジェーヴの講義に出席し、強い影響を受けました。
加えて初期はシュルレアリスム運動に参加していましたが、後にブルトンと決別します。しかし自動記述への疑念が、ウリポへと繋がっていきました。
言語的遊戯。ウリポ的制約と自由
たった一つの出来事でも、言葉の選び方や文体次第で無限の表現が可能であるということを描きます。クノーは「バスの中で若者が口論し、後に駅前でボタンの相談を受けているのを見かけた」という、ごく平凡で退屈なエピソードを99通りの異なるスタイルで描き出しました。客観的、主観的、詩的、数学的、卑俗、医学的など、文体を変えるだけで、物語の印象や「真実味」が劇的に変化することを示しています。
通常の文学ではプロットやテーマが重視されますが、クノーはこの優先順位を逆転させました。本作ではプロット自体にはほとんど意味がありません。読者は何が起きたかではなく、言葉がどう操られているかを鑑賞することになります。
クノーは、潜在的文学工房「ウリポ(Oulipo)」の創設者の一人です。あえて形式に制約を課すことで、新しい創造性を引き出そうとしました。本作でも同じ話を違うスタイルで書くという制約の中で文学を構築しています。ウリポは数学を文学に取り入れたという触れ込みだけど、数学そのもの(定理・証明・数量的構造)を主題や方法にしたというより形式的制約・生成規則を意識的に設計して散文に適用した感じで、定型詩的制約の散文化くらいのことを展開しました。
物語世界
あらすじ
著者のクノーが意図的に用意した、きわめて平凡で、取るに足らない以下のエピソードが、99通りの異なる文体で繰り返されます。
正午ごろ、混雑したS線のバスに、首が長く、紐のついた帽子をかぶった若者が乗っていました。その若者は、隣の乗客が自分をわざと押したと言って文句をつけますが、空いた席を見つけるとすぐにそこへ座ります。
その後、語り手はサン=ラザール駅の前で、同じ若者が友人と一緒にいるのを偶然見かけます。友人は若者に、「コートのボタンの位置を少し上げたほうがいい(あるいは、ボタンを一つ付け足すべきだ)」というファッションのアドバイスをしていました。




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