始めに
ハクスリー『すばらしい新世界』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ユートピア文学
本作はエレホンという、架空のユートピア世界を描くユートピア、ディストピア文学です。
ユートピアという言葉は、1516年に出版されたイギリスの思想家トマス=モアの著作『ユートピア』(Utopia)で初めて用いられました。ユートピアという言葉は、ギリシア語の outopos(存在しない場所)と eutopos(良い場所)の両者を踏まえ、理想的な国家に関する両義的で皮肉なモデルをそこで提起しました。これがその後のユートピア文学、ディストピア文学のモードに影響します。
物語世界はユートピアのようにみえるもののそうでもなく、オーウェル『1984年』のようなディストピアに近い感じです。
SFの祖であるH.G. ウェルズは当時、「科学技術が発展すれば、人類は理性的で幸福なユートピアを築ける」という楽観的な未来観を持っていました。しかしハクスリーはウェルズの楽観主義をあまりにナイーブだと考え、ウェルズの小説『神々のような人々』への風刺として『すばらしい新世界』があります。
自由と幸福
この物語の中心的テーマは、苦痛のない完璧な幸福のために、人間はどこまで「自由」や「個性」を犠牲にできるかという問いです。
作中の管理社会では、飢えも病気も老いも、失恋の痛みすらありません。しかし、その代償として、人々は深く考えたり、芸術を愛したり、激しい感情を抱いたりする自由を奪われています。幸福とは過酷な主人であり、もし自由になろうと思えば、幸福を追求することを諦めなければならないと言われます。
ハクスリーが描く管理社会では、暴力(警察力)ではなく、科学技術と心理的な条件付けによって人々が支配されます。すでに 受精卵の段階から化学的に知能や体格を調整され、階級が決定されます。また幼少期から特定の価値観を刷り込まれ、自分の階級に満足するように洗脳されます。 嫌なことがあれば、副作用のない快楽薬「ソーマ」を飲むことで、即座に多幸感を得られます。
この世界のスローガンは「共有・均一・安定」ですが、それを支えているのは「絶え間ない消費」です。「古きを繕うより、新しきを買う方がマシ」という標語に象徴されるように、経済を回すために、人々は常に新しい娯楽と消費を求め続けるよう条件付けられています。これは、現代にも連なる高度消費社会を風刺します。
タイトルの意味
作品のタイトルは、シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場するミランダの台詞「O brave new world」第5幕第1場の引用です。
全体的にシェイクスピアはロマン派的な個人主義と自由、苦悩を象徴するものとして作品のなかで捉えられています。管理社会のアンチテーゼで、社会の外で育ったジョンは、シェイクスピアの戯曲の言葉を通じてしか自分の感情を表現できず、『テンペスト』『リア王』『オセロ』『ロミオとジュリエット』『ハムレット』などの台詞をしばしば引用したりします。ジョンは管理社会を拒みますが、彼が自由を求めて隠遁し、自分を鞭打って浄化しようとする姿は、ヘリコプターで詰めかけた群衆に面白い見世物として楽しまれます。自由であろうとする個人の意志が、大衆の娯楽という巨大なシステムに飲み込まれ、幻滅のなかでジョンは自殺します。
ジョンの自殺は、条件付けによる偽りの幸福を拒絶した人間が、生身の人間として耐えられる限界を超えてしまった結果だと言えます。自由は素晴らしいものですが、それを支えるための精神的な逃げ場や理解者がいないとき、自由は人を死に追いやることがあります。結局ジョンの顛末は管理者会への抗議であると同時に、自由の負の側面をも伝えています。
物語世界
あらすじ
フォード紀元(AF)632年(グレゴリオ暦では西暦2540年)のワールド=ステートのロンドン。
この社会では、市民は人工子宮で育てられ、幼少期からの洗脳教育によって、知能と労働に基づいた階級(またはカースト)に分類されます。
孵化場で働くレニーナ=クラウンは人気があり、性的にも魅力的ですが、心理学者のバーナード=マルクスはそうではありません。彼は自分の高い階級の平均的な体格よりも背が低く、そのことが劣等感につながっています。また、バーナードの仕事である睡眠学習の研究を通じて、社会が市民を平穏に保つための方法(人々が常に幸福感を得られる鎮静作用のある薬「ソーマ」など)を理解し、それに反発しています。公然と批判を口にするため、上司は彼をアイスランドへ追放することを検討します。バーナードの唯一の友人はヘルムホルツ=ワトソンという才能ある作家で、痛みのない社会において創造的に才能を発揮することの難しさを感じています。
バーナードはレニーナとともに、ワールド=ステートの外にあるニューメキシコの「未開人保留地」へ休暇旅行に出ます。そこで二人は初めて自然出産による人間、病気、老化現象、異なる言語、宗教的な生活を目の当たりにします。村の文化は、かつてのアナサジ族の子孫である現代のネイティブアメリカンの諸部族、ホピ族やズニ族のプエブロといった文化に類似しています。
バーナードとレニーナは、暴力的な公開儀式を目撃した後、リンダという女性に出会います。彼女はもともとワールド=ステートの出身ですが、現在は息子のジョンとともに保留地で暮らしていました。リンダはかつて旅行でこの保留地を訪れた際、仲間とはぐれて取り残されたのでした。その間に、同じく旅行者だった男性(バーナードの上司)との間に子を宿していました。
しかし、妊娠を恥じてワールド=ステートに戻ることはしませんでした。ジョンは保留地で生まれ育ったものの、村人たちには決して受け入れられず、リンダとともに辛く厳しい生活を送っていました。リンダは彼に読み書きを教えたものの、彼女の唯一の所持品である科学書と、ポペという男が近くで見つけたもう一冊の本であるシェイクスピア全集を使っていました。村人たちから疎外されていたジョンは、シェイクスピアの戯曲の言葉を通じてしか自分の感情を表現できず、『テンペスト』『リア王』『オセロ』『ロミオとジュリエット』『ハムレット』などの台詞をしばしば引用していました。
リンダは今になってロンドンへ戻りたいと願い、ジョンもまた、母がしばしば称賛していた「素晴らしき新世界」を見てみたいと望みます。バーナードはこれを利用し、自身の追放計画を阻止する手段として、リンダとジョンを連れて帰る許可を得ます。
ロンドンへ戻ると、ジョンは孵化条件付けセンター長に対して「お父さん」と呼びかけます。これはワールド=ステートでは極めて下品な表現であり、周囲の人々は大爆笑します。センター長は恥辱に耐えきれず、バーナードを追放する前に辞職します。
バーナードは「野蛮人」ジョンの監督者として、今や有名人として扱われ、社会の最上層の人々から称賛され、かつて軽蔑していた注目を楽しんでいます。
しかし、バーナードの人気は一時的なもので、ジョンが本当に心を通わせるのは文学的な志向を持つヘルムホルツだけだと知り、彼は嫉妬心を抱きます。醜く友達もいないリンダは、長い間欲していたソーマを使い続けて時間を過ごしている一方、ジョンはバーナードが主催する社交イベントには参加せず、彼が考える空虚な社会に嫌悪感を抱いています。
レニーナとジョンは身体的には惹かれ合うものの、ジョンの恋愛観や求愛観はシェイクスピアの著作に基づいており、レニーナの自由奔放な性に対する態度とは全く合わないのでした。レニーナは彼を誘惑しようとするものの、ジョンは彼女を攻撃してしまいます。
そんな中、母親が臨終の床にあると知らされ、ジョンは急いでリンダの元へ駆けつけます。この行動はスキャンダルとなり、これは「死」に対する「正しい」態度ではないとされます。病室に入ってきた子どもたちがジョンに対して無礼に振舞い、彼は一人に反撃してしまいます。その後、下層階級の人々にソーマを配布しようとするのを阻止しようとし、「私はあなたたちを解放しているのだ」と叫びます。ヘルムホルツとバーナードは暴動を止めるために駆けつけ、警察は群衆にソーマの蒸気を撒いて鎮圧します。
バーナード、ヘルムホルツ、ジョンは全員、西欧の「世界管理者」ムスタファ=モンドの前に連行されます。モンドはバーナードとヘルムホルツに、反社会的な活動を理由に島へ追放すると告げます。バーナードは二度目のチャンスを願うものの、ヘルムホルツは真の個人であることを歓迎し、作家としてのインスピレーションを得るために悪天候の多いフォークランド諸島を行き先として選じます。
モンドはヘルムホルツに、追放が実際には報酬であることを伝えます。追放される島々には、ワールド=ステートの社会モデルに適合しなかった最も興味深い人々が住んでいるそうです。モンドはジョンに現在の社会が成立するまでの経緯と、カースト制度や社会的統制の必要性を説明します。ジョンはモンドの論理を拒絶し、モンドはジョンの意見をジョンは不幸である権利を要求している、と要約します。ジョンは自分も島に行けるかと尋ねるものの、モンドはそれを拒否し、ジョンがこれからどうなるのかを見届けたいと言います。
新しい生活に飽きたジョンは、プットナムの村近くの廃墟となった丘の上の灯台に移り、文明から自らを浄化するために孤独な禁欲的な生活を送ることを決意し、自分を鞭打つ修行を始めます。この行動は報道陣を引き寄せ、最終的には数百人の驚いた見物人たちが集まり、ジョンの奇異な行動を見物しようとします。
しばらくの間、他の娯楽に注意が引かれてジョンは一人でいられるように見えたものの、ドキュメンタリー作家が遠くからジョンの鞭打ちの様子を密かに撮影しており、そのドキュメンタリーが公開されると、国際的なセンセーションを引き起こします。
ヘリコプターが到着し、さらに多くのジャーナリストが集まります。群衆はジョンの隠れ家に押し寄せ、彼に鞭打ちの儀式を見せるように要求します。ヘリコプターから若い女性が降りてくるものの、その人物がレニーナであることが示唆されます。
ジョンは愛しながらも嫌悪している女性を目にし、怒りに駆られて彼女を鞭打ち、次に自分自身に鞭を打って群衆を興奮させます。群衆の狂気じみた行動は、ソーマによって引き起こされた乱痴気騒ぎに変わります。
翌朝、ジョンは地面で目を覚まし、オーギーに参加したことを悔い、後悔の念に駆られます。
その晩、ヘリコプターの群が地平線に現れ、昨晩の乱痴気騒ぎの話がすべての新聞に載っていました。最初に到着した見物人や報道陣は、ジョンが死んでいるのを発見します。彼は首を吊っていました。




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