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井伏「山椒魚」解説あらすじ

井伏鱒二
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始めに

井伏「山椒魚」解説あらすじを書いていきます。

背景知識

成立まで

「山椒魚」が最初に着手されたのは1919年、井伏が早稲田大学文学部にいたころで「やんま」「ありじごく」「幽閉」「蟇」など動物を主人公にした短編を書き上げ、級友の青木南八に送り、「幽閉」が「山椒魚」の初稿です。

 1929年5月、井伏は「幽閉」を改稿し、同人雑誌『文芸都市』に「山椒魚 -童話-」として掲載しました。「幽閉」と「山椒魚」は、基本的なプロットはほぼ共通するものの、蛙との対話が付け加えられ、文章もかなり変わってます。「山椒魚」は1930年4月、井伏の最初の作品集『夜ふけと梅の花』に「山椒魚」として収録されます。

 1985年10月、新潮社『井伏鱒二自選全集』に収録する際に、井伏自身によって結末の和解部分が削除されています。

チェホフ「賭」

 「山椒魚」はチェーホフの短編「賭」から着想を得ています。人間の絶望から悟りへの道程を書こうとして、「山椒魚」は書かれました。「山椒魚」は悟りにはいろうとして、はいれなかったところを書こうとします


 チェーホフの「賭」は、『ノーヴェオ=ヴレーミャ』誌に「おとぎばなし」の題で発表されたものが初出で、その後1901年に全集に収録され改稿が行われています。井伏が読んだのは改稿後の作をコンスタンス=ガーネットが英訳したものです。

 「賭」では、ある青年法学者が実業家と賭けをし、15年の間人との交わりを絶って「幽閉生活」を送るもので、当初は孤独に苦しむ法学者は、書物の世界に親しんで地上の幸福のすべてや叡智を軽蔑するに至り、15年後、賭の賞金200万ルーブルを放棄し、幽閉生活から戻ります。

「賭け」との比較

 チェーホフの短編は、反ブルジョワジー的なテーマを孕んでいて、自らの意思で密室に籠り、やがて世俗の名誉や富から無縁な世界へと到達する主人公を描きます。

 井伏はこれに東洋風の「悟りへの道程」を見て取って創作に反映しようとしました。「幽閉」を改稿した「山椒魚」では、新たな要素として蛙との対話が導入され、幽閉生活で悪に染まった山椒魚は岩屋にきた蛙を閉じ込めます。3年の月日が過ぎ、双方は和解します。この和解は最終的に、自選全集収録の際にカットされます。

 これによって、「賭け」とは対照的に、自らの意思ではなくて事故で幽閉されて、悟りに至ろうとするものの到達できない主人公を描きます。

物語世界

あらすじ

 谷川の岩屋をねぐらにしていた山椒魚は、あるとき自分が岩屋の外に出られなくなっていることに気がつきます。

 二年の間岩屋で過ごして体が大きくなり、頭が出入り口に「コロップの栓」のようにつかえます。動き回れない狭い岩屋で山椒魚は虚勢を張るものの、外に出るすべはありません。

 山椒魚は、出入り口から外の谷川を眺め、目高の群れが先頭の動きにあわせてよろめくのを見て嘲笑し、渦に巻き込まれて沈んでいく白い花弁をみて、目がくらみそうだとつぶやきます。

 ある夜、岩屋に小蝦がまぎれこみ、山椒魚の横っ腹にしがみつきます。山椒魚を岩石と勘違いして卵をうみつけています。小蝦の様子をみて山椒魚は、屈託したり物思いに耽ったりするやつは莫迦だと言います。しかし山椒魚がふたたび出入り口に突進し、栓のようにはまり込んだりすると、小蝦も失笑します。

 その後、山椒魚は外へ出ようとするものの無為に終わり、涙を流して神に窮状を訴えます。岩屋の外で自由に動き回る水すましや蛙を感動して眺めるものの、むしろ目をそむけたほうがよいと考え目蓋を閉じます。彼は自分が唯一自由にできる目蓋のなかの暗闇に没頭し、寒いほど独りぽっちだ、と言ってすすり泣く。

 悲嘆にくれて「悪党」になった山椒魚は、ある日、岩屋に飛び込んできた蛙を閉じ込めます。蛙は安全な窪みに逃げ込んで虚勢を張り、2匹は口論を始めます。

 どちらも外に出られず、反目しあったまま1年が過ぎ、2年が過ぎます。蛙は岩屋内の杉苔が花粉を散らすのを見て嘆息を漏らし、それを聞きとめた山椒魚はもう降りてきてもいいといいます。

 しかし蛙は空腹で動けず、もう死ぬばかりでした。お前は今何を考えているのか、と聞く山椒魚に対して蛙は、今でも別にお前のことを怒ってはいないんだ、と答えるのでした。

参考文献

・相馬 正一『井伏鱒二の軌跡』

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